お店に並んでいるパンを見やすいように並べ替えて、青白くなった窓を覗くと。
細い三日月がぼんやりと浮かんでいて。
「それじゃあ、あがります!お疲れ様でした」
「お疲れ様。今日もありがとう。また明日もよろしくね」
「はーいっ」
元気いっぱいのエリを見送ると、入れ違いに女性のお客様がふたり。
「あの、まだ食事できますか?」
静かな店内を伺うように尋ねてくるから。
「大丈夫ですよ、いらっしゃいませ」
にっこり笑って、窓際の奥の席に案内する。
「パンもおいしそうだったね。帰りに買っていこうかなぁ」
独り言のようにつぶやく彼女の向いに腰を降ろした女性は、入ってくる前からずっと俯いたままで。
泣きはらしたのか、少しだけ赤い瞳をウルウルさせていて。
お水とメニューを運んで行っても、まだしょんぼりしたまま。
きっとこの方たちが、ルキの言っていたお客様なんだろうな。
そう思いながら、離れて様子を伺う。
私にできることは、心をこめておもてなしをすること。
肩の力が抜けて、ゆるゆるとここから帰って行けるような空間を作ること。
それには雰囲気作りが大切だから。
私は、私にできることをするだけ。
ただ、それだけなの。
**********
コトコト煮込んだ野菜スープ。
今日はコンソメ味の具だくさんスープ。
お店に並んでいるパンを選んで頂くプレートセットをテーブルに運ぶ。
カランと、来客を告げるベルが鳴って。
真冬の匂いをまとったお客様が、慣れた足取りで近づいてくる。
目が合うと、大きな瞳を細めてくしゃっと笑いかけてくるから。
「いらっしゃい」
応える様に、ふわりと笑う。
「おなかすいたぁ。ねぇカナさん、バケットサンド作って!」
カウンターの真ん中でコートを脱いで椅子に掛けると、まるで定位置だとでも言うように、迷いもなくその隣に腰を降ろす。
「フルサイズね」
ネクタイを緩めながら、また笑う。
「今日のスープは?やった、具だくさんだ!」
手書きのメニューを確認しながら、答えを待たず瞳を輝かせる。
つむじ風のようだと、彼が来るたびに思う。
「え、ナニ笑ってんの?」
クスクス笑ったまま首を振って、サンド作るねってカウンターの中にまわる。
答えをはぐらかす私に形の良い唇を尖らせて、スーツのポケットから携帯を取り出して。
片方の腕で頬杖を突きながらテーブルに置いたスマホの画面をタップする。
「今日もウチの鬼上司がさぁ・・・」
彼は、私に相槌も求めず、ひとりごとのように言葉を紡ぎだす。
今日あったことをポロポロと。
仕事のコト。
昨日見たテレビの話。
それは偶然、今日の朝エリと話していた番組で。
笑ったツボがおんなじで、ついほっぺがゆるんでしまう。
「カナさん、いっつもオレの話に笑ってばっかだよね」
「え、そうかな」
「そうだよ。けど、どうして笑ってるのか教えてくれないんだよね」
「そんな秘密主義じゃあないよ?」
「・・・秘密ばっかじゃん」
ふっと、小さくもらした言葉に驚いて。
思わず出来たてのバケットサンドを落としそうになる。
視線を合わせようとするとフイッと逸らされて。
「コウヘイくん?」
「・・・おなかすいたっ。ね、サンドまだ?」
まるで何事もなかったように身を乗り出してカウンターの中を覗き込んでくるから。
「できたよ」
そう答えて半分にカットしたバケットを、プレートに二つ並べてそのまま手渡す。
「やったぁ。うまそう」
サラダとスープをトレイに乗せて、カウンターに運ぶ。
バケットをクッと掴む指が長くてきれいで。
「いただきます!」
勢いよく、ボリュームのあるサンドにかぶりつく。
「・・・うまっ」
そう言って、親指で唇の端を軽く拭ってから、上目づかいに私に視線を向けてくるから。
思わずドキリとして。
どうすればいいのか判らなくなってしまう。
「ほんと、カナさんのパンは幸せな気持ちになれるよ」
「ありが、と・・・」
ふと、奥のテーブルを見ると、ちょうどふたりが食事を終えたところで。
さりげなく近づいて、食器を下げてもいいか伺う。
「はい、お願いします!おいしかったです」
「ありがとうございます。デザート、お持ちしますね」
ニコッと笑いかけて、食器を下げて戻ろうとする背後に、二人の声が小さく届く。
「・・・もう、ほんと情けなくて・・・」
「そっか。元カレだったのかぁ。実はね・・・」
恋のお話。
明日はバレンタインだもんね。
「デザートも食べてく?」
ふたつめのバケットサンドに手を伸ばしたコウヘイくんに確認すると、当然のように頷いて。
「杏仁がいい!」
「どうしてメニューにないものばっか言ってくるかな」
「裏メニューでしょ?」
バケットサンドも、本来はメニューには書かれていないもので。
特別扱いはダメって思うのに、なぜか彼には通用しなくて。
ひとなつっこいこのお客様を、ついつい甘やかしてしまう自分がいて。
厨房に戻って、二人分のデザートプレートを用意する。
レンジで温めたフォンダンショコラは、温め完了の音が鳴る前にドアを開けて、取り消しボタンを押す。
厨房から聞こえてくる『チンッ』は、できるだけ避けたいから。
バニラアイスをのせて飾りつけをして。
ティーポットに木苺ハーブティの茶葉をセットしてお湯を注ぐ。
ふたりの前にデザートプレートを置いてから、蒸らしたティーポットとカップを運ぶ。
「どうぞごゆっくり」
ペコリ。
相談している側の彼女が頭を下げる。
少し年上の、ずっと私と応対してくれていた彼女はプレートを前に顔をほころばせていて。
「おいしそうだねぇ」
素直な言葉に、また嬉しくなって笑い返して。
踵を返して戻る私を、コウヘイくんが出迎える様にみつめているから。
「なぁに?」
「嬉しそう」
ひとことだけ言って、最後のひとくちをきれいに口の中に放り込む。
「食べ盛り男子だね」
「だって、うまいもんはうまいからね」
サラリと言って、グラスの水を飲み干す。
「デザート、持ってくるね」
フォンダンショコラを温めて、バニラアイスを冷凍庫に戻す。
冷蔵庫の扉を開けて、そこに冷えている小さなガラスの器を取り出す。
「来月の試作・・・なんで判ったんだろ・・・」
不思議に思いながら、白桃ペーストをのせた杏仁豆腐をおまけで添える。
レンジを見ると、ちょうど五秒前で。
慌ててドアを開けて、あったかいフォンダンショコラを取り出す。
厨房から出てくると、ちょうどコウヘイくんが胸の前で手を合わせて、ごちそうさまでしたってつぶやいていた。
~~~続く。~~~