何にどうして泣いたか絶対に忘れないで
どれだけ大切におもって、それはたとえばどれだけ待っていたものか
もしも同じように思い出せないとしても、言葉でだけでも絶対に憶えておいて
何に誰に、どれだけ何を強く感じたのか
替えられないものは自分にとって何か 誰か
何のせいで誰のために泣いたか
それを全部しっかりおぼえて大切にして、その上で採った答えならどんなことでも正解だ あなたの
何も言うことはない
正解だ
その先で会うことがあればまた.

自分自身へ偽る人は嫌いだ
それはもちろん大切な人を裏切ることでもある
大切に想う人は自分自身だものね
自分をというより、大切な人をまっすぐに強く、自分の中で守れない人は嫌いだ
自分の気持ちをまっすぐみとめ受けきれずにいるのなら、大切な人を傷つける 侮辱する行為だ
それでもそこからいいことを挙げるのであれば……、そうまでして怯えて向き合うのが恐ろしくなってしまうほどの気持ちがあるのなら、それはきっと本当に大切な人だ
間違いのないひとつの正解にここで出逢えて良かった 本当に
出逢えずに終える生涯もきっとたくさんあったと思うから
いまそれを、台無しにしようとしているのだけれど


つい先日みんなでコンペみたいに案出しして20弱集まったロゴデザイン。
わたしそのうち3案を出して、取引先や開発陣で色んな意見をうけて今日2案にまで絞られたものが、どちらもわたしので嬉しかった。
今日の嬉しかったこと。
ロゴデザイン、久しぶりにやると楽しかったものな……。
絵を描くことに比べたらグラフィックデザインらしいものってあまり好きでないのだけれど、たまにやるととても楽しいな。
嬉しかったから、そのあとのいつもの絵の仕事も調子がよかった……良く描ける良い眼でいるときには、もっとこうしたら良くなるはずと普段見えない可能性がたくさん見えて、いつもよりずっと良く描けているにも関わらず、いつもより満足できないような気持ちだ。
いつもは見えない道と、その先の分かれ道まで見えているのに、通行止にあっているような。
その道をいつでも見えるようにしたり、通行止を解いたりするのに勉強や努力による後天的な才能が必要だね。
勉強不足だ。


そんなに悲しい気持ちで言うわけでないのだけれど、たくさんの言葉が浮かんで消えていったな。
長くは留まらない。
生をまっとうできないのであれば、はやく死んでゆきたい。
即ち、生をまっとうすることがどういうことかわからないうちには、まだ曲がりなりにも生きてゆけたということだ。
生をまっとうすることを見つけたら、もう生きるか死ぬかしかない。
それをまっとうするのか、何かの理由でもうまっとうできないのであれば、まあ、この生はおしまいだ。
残念だった。
代わりはない。

突き抜けてとんでもなく正気だ ずっといつでも
少しだけ 狂っているのはあなたたちだ
少し狂っている 少し狂っているのが、大衆の大半なのだ
少し狂っている人たちが 普通 の範疇と言われる
少し狂っている人たちは、突き抜けて揺るぎなく正気の人を狂っていると言っている
のを知っている
だからとんでもなく正気の人たちの幾らかは、普段少し狂ったふりをしている
のも知っている
こうして自分がどう考えてもまったくとんでもなく正気できみたちが狂っているのだって言う人は、狂っているということになる
のを知っている
『あの人ちょっと変わっているよね。』なんてね……。
とんでもなく突き抜けて正気のひとは好き。
あの人は正気、あの人は少し狂ってる、あの人も、あの人は正気。
一緒に狂っているって言われ

クルっている という言葉は カワイイ
クルクル