母はわたしに、ののは幼稚園で一緒の組だったダレソレくんが初恋だったんだよ〜と教えてくれたけれど、大人になっても何度も夢に見るのは、当時通っていた中学校に転校してきた男の子だ。
わたしも彼も『ちょっと変わった子』で、わたしたちは不機嫌そうにまわりを睨むように見て、毎日変なことでギャンギャン言い争いしていたな。
席替えのクジ引き、お隣になってコッソリとっても喜んだけれど教卓の前だったから、犬と猫どっちがかわいいとか、スカートが短すぎるとか、髪型が変だとか、しょっちゅう言い争いを始めて先生に怒られたな。
文房具や教科書を忘れたふりも幾度か、したね。
彼はONEPIECEが大好きで、クラスメイトで海賊団結成していたっけ。
俺がルフィ! で、お前がゾロで、お前がウソップで、お前がサンジ、お前がナミな! って、船に乗せられたからわたしは彼の航海士だったよ。
言い争いばかりしていたけれど、放課後になったらひとり教室から、校庭の彼を眺めていた。
他の陸上部員が切り上げてもふざけ始めても、唇を強く結んで、しっかり前を見て、ひとり細い脚でトラックを何周も走り続ける彼はとても強く、美しかったな。
そんなわたしに気づいているのか人もまばらになった教室で幾人かの女の子が、彼の父親が家にいなくてあまり裕福でないこと、いつも着古したシャツで部活に出ていることを笑い話にしていて、わたしは腹が立って腹が立って悔しくて殴ってやろうかと思ったけれど振り返ることもできなくて、校庭を走り続ける彼と同じように唇を噛んで悔しさに涙を溜めて、夕闇を裂いて走る影をずっと見ていたっけ。
ましてや女の子に、守ってほしいとか助けてほしいとか口が裂けても言わない人だったと思うけど、どんなに楽しそうに笑う時にもすべての他者や世俗に対して敵を見るような眼で、その細い身体と脚で暗いところにひとりで立って、友達とどれだけふざけておしゃべりしてても本当に大切にしていることは何ひとつ言葉にはしない、美しく強い彼を守りたかったな。
彼を脅かすすべてのものから。
中学卒業以来、一度も姿を見ていない。
陸上長距離でスポーツの推薦をとって大学へ行ったけれど、金銭的な理由で途中で大学をやめてしまったって聞いた。
本当に、そろそろ忘れるという頃にいつも彼は夢に出てくる。
昨夜また久しぶりに夢に出てきて、起きぬけには涙が出そうに、胸がしまるようだ。
中学生の姿のままで、ちょっと高めの声でふざけたことを言って、真意をいつでも隠している。
隠された真意は瞳の奥で穏やかに強く燃えていて、わたしは目を離せない。
彼も昔と変わらず、目を逸らさないでじっと眼を見詰める。
ひょうきんな声と喋り方とはいつもそぐわない眼をしていて、唇と眼が別の人みたい。
そういうところが、好きだ。
男の人は、たとえ今大切なパートナーがいても初恋の人を忘れないっていうけれど、こういうことを言うのかな。
昔の話。をしたつもりだったのだけれど、今もわたしは変わらなくってウンザリしてしまう。
想う時間が長くなるほど、笑顔でいることも目を見ることもどんどん難しくなっていくよう、気持ちが強くなるほど。
わたしは昔から『ちょっと変わっている』から、こんな風にずっと想っているのは自分だけなんじゃないかって、真意を言葉にして話すのも難しくなっていく一方。
またわたしが周りとの差に気付けずにいるのではないかと。
だから想うほど、メールを出したり手紙を書いたりするけれど、こんな様子だからいつでも結ばれないね。
話すことは即興だから、難しいよね。
彼みたいに、すべてを敵としてでも1人で立っていないといけないか。暗いところで、死ぬまでね。はやく死にたいな。
おうちでひとりウイスキーを飲んで、前後不覚にお布団入れば、隣のやわらかい気配は誰かな。
きみなのか、犬なのか、中学生の頃転校してきた男の子か、幽霊か、死か、わたしか、新宿のビルから落ちて死んだ彼か、わからないけれど、どれにせよ愛おしく思えるから、キスをして、眠る。
新宿のビルから落ちる。
外は明るいけれど、おやすみ。
3時間後にタイマーをセットしてみたけれど、その時間には仕事で、もう家を出ていないといけない時間。毎日こんな生活だよ。