大嫌いな兄が体調崩して命の問題が発生し、私が介入せざるおえなかった。


その状況の中で思うのは


医療従事者、福祉関係者の何気ない一言が家族の心をえぐるということ。


優しい妹さんですね。

お兄さんの為には。


ほんの数回、数時間関わっただけで

家族の関係の何がわかるの?


きょうだいの多くは

傷ついていても

しんどくとても

それを表に出すことが出来ない。


笑ってる自分を

違う自分がなんで笑ってるんだろう?

って思うこともある。


自分の言葉なのに

他人が話しているように思うこともある。


話す前に

ちょっとでいい。

想像してみてほしい。

自分がこの当事者のきょうだいの立場だったらどうだろうかって。


そしたら

かける言葉も違うのてはないかな?


『きょうだいは仲良しである』

とっても素敵なこと。

とっても憧れること。


でも、そうなれないきょうだいは、

そうなれないことに一番苦しんできた。


私が関わっている関係者の中で一番うれしかったのは、ケースワーカーからの

『忙しいのに、遠くから来てくれてありがとう』だった。


シンプルに今していることだけで十分というメッセージとして受け取れたから。


がんばり屋のきょうだいが

頑張らないで生きられる言葉を

医療、福祉関係者には使ってほしい。