‐‐‐‐‐‐‐キスの余韻‐‐‐‐‐‐‐

 

ちょうどいい身長差。青木の唇の、水蜜桃のようなほどける柔らかさを感じながら、またそんなどうでもいい情報が頭を巡る。

 

あぁ、俺、完全に落ちた。

 

「ゴメン」

 

「ううん」

 

「先に手が出ちまったけど、俺の気持ちは今朝言った通りだから」

 

「うん」

 

目を見て言えてる。

成長したな俺。

 

「俺と、付き合って下さい。青木のこと、守らせて」

 

「ハイ」

 

「即答?」

 

「待ってたもん」

 

「もう少しもったいつけていいんだぞ」

 

「そういうの無理」

 

「ハハッ」

 

「もう一回」

 

「何?」

 

「今朝の、もう一回言って」

 

「ヤダよ」

 

「どうして?」

 

「一回で充分だろ」

 

急に恥ずかしくなってきた。

 

「うわ、赤くなった」

 

「ほっとけ」

 

「今、もっと照れることサラッと言ってくれたのに」

 

そうだな、キスの余韻、恐るべし。

 

「ナシナシ」

 

「いいや、また今度ね」

 

「今度?」

 

「途中で抜けたから、戻らなきゃでしょ?」

 

うっ、言い出す前に察してくれた。なんていい子なんだ。

 

「部の打ち上げとかはないんだけど、ヒデたちと反省会はやりたいかな」

 

「いいよ。一緒に帰ってくれただけで、もう最高」

 

かーわいいこと言うなぁ。

 

「ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

悪戯っぽく笑う青木が、いとおしかった。

 

「そうだ、忘れないうちに」

 

リュックからプレゼントを出して、渡した。

 

「コレは?」

 

「誕生日、おめでとう」

 

「えっウソ!覚えててくれたの?」

 

「忘れないよ」

 

「嬉しい」

 

早速包みを開けようとする青木。

 

「コラコラ、路上ではヤメとけ。落とすぞ」

 

「そうだね、家で開ける」

 

プレゼントを胸に抱きしめ、少し歩いたあと、カバンに仕舞ってくれた。

 

 

 

 

 

‐‐‐‐‐‐‐帰り道‐‐‐‐‐‐‐

 

校門を出て、暫く歩く道筋で自然と手を繋いだ。

 

「びっくりした」

 

歩きながら、青木が呟いた。

 

「何が?」

 

「ショー、来ないと思った」

 

「なんで」

 

「だって次、長谷部さんたちのライブだし」

 

「関係ねーよ」

 

言いながら、もう少しだけ時間があったら観たかった、という想いがぶり返した。

 

「……」

 

「なんだよ」

 

「フフフ」

 

「約束したろ」

 

「うん、ありがとう」

 

「こっちこそ、今日は早く帰りたかったろ?観に来てくれてサンキュ」

 

「ううん。ショー、カッコ良かったよ」

 

「ハハッ、3Sの方が。俺ら、うるさいだけで」

 

「そんなことない。きみしろ、すごく良かった。女子ウケとか、そういうの要らない」

 

見上げてくる、真っ直ぐな瞳。

おっと…。

 

「耳、ダイジョブか」

 

「大丈夫」

 

「ホントか?」

 

「ホントは、ちょっとダメージ。こっち側」

 

左手で右耳を指差し、微笑む。

 

「わるい」

 

「全然」

 

「ちゃんと聴こえる?」

 

立ち止まり、青木の両耳を掌で柔らかく覆いながら向き合い、見つめあった。

 

「ショーの声は、聴こえるよ」

 

言いながら、静かに目を閉じる青木。

 

ええっと、コレって、キスするタイミング?

住宅街から大通りに出る前で、幸い周りに人影はない。

 

 

決めた。

この子と、生きていく。

愛想をつかされるその日まで、俺の気持ちの全てで、守ると誓う。

 

胸の鼓動が半端ない。

16ビート、いや、もっとか。青木も?

 

微かに震える睫毛を見つめながら、頭を掌で支えると、気持ちこちらに身体を預けてくれた感触が有った。

 

頬を片手で軽く包み、僅かに屈んで、キスをした。

 

 

 

 

 

‐‐‐‐‐‐‐帰る?‐‐‐‐‐‐‐

 

3Sが終わった途端、前列に陣取っていた女子の一団がまとめて引き揚げ始めた。

わっかりやすっ、てか、あと1バンドなのに、観てけよ。

 

去っていく女子の集団の中に、青木のポニーテールを見つけた。

 

えっ?もう帰る?

振り向いて、手を振る笑顔の後を追った。

 

「青木」

 

「ショー、ごめん。おかーさんから電話が来て」

 

今朝、心配をかけたから直ぐに帰ると答えたと言う。

 

「送ってくよ」

 

「いいよ。まだ終わってないし、ライブ」

 

「ちょっと待ってて」

 

ヒデとカッキーの所に戻り、

 

「青木のこと、送ってくる」

 

「もうSASAMI、始まるぞ」と、ヒデ。

 

観たいけど、青木を一人で帰らせたくない。

 

「わるい。片付け終わるまでに戻るよ」

 

ピックを貸してくれたカオリン。あのタイミングで助けてくれなかったらライブ、ヤバかった。

 

俺も、見届けたい。後髪引かれるってこういうことか。でも迷っている時間はない。

 

「じゃあ、頼む」

カッキーに、声をかけた。

 

「わかった。頑張れよ」

 

頷いて、青木のもとに急いだ。