あんたはワサビをわかっていない
「あんたはワサビのことをわかっていない」心から楽しみにしていた湯ヶ島山葵組合百周年記念総会で、重鎮の一人に言われた心が折れそうになった二十年研究を続け、栽培を続け、現場主義を貫いてきたつもりだったもしかしたら、ワサビのことを考えている時間は誰にも負けない―うぬぼれだったのかもしれない若ければ、こういう言葉も修行が足りないのだと奮起するきっかけになっただろうでも、もはや「なにくそ」と思える気概も持ち合わせていない今は、何とか残された時間でできる限りのことをやって、悔いのないように遺せるものを遺したい―その一心で続けているメンタル的には、いつ糸が切れてもおかしくない状況だ今回、自分の「今」を痛感したワサビのゲノムの複雑性や多様性、特殊性は、ゲノムをみれば驚くだろう個体だけを見ても、絶対にわからない集団を、種を、属を、幅広い視野から取り組まないと理解できない―そんなことを、最近になってようやく知った自分としては、これまで栽培や実験や観察や聞き取りで得られた知識から想像していたワサビに関して、答え合わせをしているようで、ここまで続けてきて本当によかったと思っていた矢先だったほとんどの生産者さんは、こうした謎に真正面から向き合いながら、ワサビを糧に長年続けてこられたよい時も、悪い時もあっただろう私自身も、ゲノムだけ見てもきっとワサビは理解できないだろうという確信から、誰よりも生産者さんをリスペクトしてきたつもりだっただからこそ、自分でも本格的に生産に取り組もうと、昨年初めて品評会にも出品し、ワサビ栽培の奥深さを知ったところだった今回の「ワサビのことはわからない」という言葉は、よくよく聞いてみると、私がDNAで明らかにしようとしている品種の起源やルーツについて、納得がゆかないのだというただ、本当のところは、具体的に何が理解できないのか、私には理解できなかったそのため、どんなに頑張って説明しようとしても、理解してもらえない溝のようなものを感じた直観的に、この溝は今すぐには埋められないと思った研究者に言われたとしても、わかってもらえるまで頑張ればいいと思えるなぜなら、研究者同士は、共通の「言語」を持ち合わせているので、ところが今回、ショックだったのは、長年生業としてワサビと向き合ってきた人にしかわからない世界を、私はまだ見えていないのかもしれない、そしてそれが何なのか、それすら理解すらできないことに気づいた点だった私が遺伝や進化を、「言語」の説明が難しい相手に説明することが困難に感じるのと同様に、生産者さんにとっても、長年積み上げられた経験の末の直観や知識を明瞭に言語化するのは難しい、ということなのだろうならば、私はこんなに理解したいと願っているのに、一生、本質的なものがわからないままで終わってしまうのだろうかそう思うと、下腹部に大きな穴があいたような空虚感がこみ上げてきた知りたい、知りたいと思い、純粋な思いで必死にしがみつき、人生を捧げてきた研究の日々は、あまりにも失うものが多かったたった一言でここまで傷つくほど、私は生産者さんたちを尊敬し、あこがれていたのだということも痛感したところが、私には、今続けていることをやめる勇気もないこんな私でも、応援してくれる人もいる結果的に、「私は何もワサビについて理解できませんでした」というレポートになったとしても、赤点覚悟で提出し、人生を終えるしかないのだ今回、見出した光-それは、私が遺したものを誰かが検証してくれて、部分的にでも「真の理解」につなげてもらえたら、無駄にならないかもしれない、とそのためには、若い生産者の皆さんに、私が知り得たすべての情報を、余すところなく伝えていくことーこれが私に課せられた最後の仕事なのではないかとというわけで、これからはとくに若い生産者さんたちに向けて、情報発信をしたいと思っていますよろしくお願いします山根 京子