大西近江先生の思い出(2023年執筆)
またしても投稿に間があいてしまいました。読んで下さる方はおられますでしょうか。もはや忘れられたブログかもしれないと思いつつ、備忘録として書かせて頂きます。******************************************今日は、少し前になりますが、季刊・新そば季刊・新そば -蕎麦Web 蕎麦研究家が運営するそば専門のWebマガジン-そばの食べ歩き最新情報を、蕎麦鑑定士と蕎麦のソムリエがレポートします。そばの深い知識も満載。世界で初めての、そば専門のWebマガジンです。sobaweb.comという冊子に寄稿させて頂いた文章を以下に紹介させて頂きます。最近、本当に私は師に恵まれていたんだなあと痛感しております。研究者として、大切なことをたくさんたくさん教えて頂きました。先生、もう少しの間頑張ります。これからも叱咤激励して頂けましたら幸いです。大西近江先生の思い出 (岐阜大学応用生物科学部 山根京子)大西先生は本誌で紀行文を連載されておられた。ソバの野生祖先種発見は教科書を書き変えた偉業となった。今回、我が師大西先生との思い出話しをさせて頂けるということで大変嬉しく思う。なお、先生は現在もお元気だ。追悼文ではないことは申し添えておく。名前から連想されるように滋賀県のご出身で、高校の大先輩でもある。ち(、)かえ(、、)と読めるため、女性と間違われることもしばしばだったとか。専門は遺伝学。分子進化の中立説で有名な木村資生先生とは兄弟弟子ということで、よく国立遺伝学研究所の頃の話しをして下さった。木村先生は大変厳しい人物だったそうなのだが、大西先生は温和で優しくいつも笑顔のイメージだった。ところが、若かりし頃は全く違ったらしい。廊下ですれ違うと怖くて背筋が伸びる思いがした人も多かったとか。頭が切れて動きが素早いので、正体は甲賀忍者に違いないと噂されていたという。確かに、中国などの辺境地を駆け巡る様子はまさに忍者そのもの。言い得て妙なり。文武両道を具現化したような先生で、夕方の訓練と称した竹林ランニングに私も何度かご一緒させて頂いたことがある。「なるほど大学院というところは足腰を鍛える修行までしないといけないのだ」といたく感動したものだが、じつは特殊な環境だったようだ。かくして私も中国調査に同行させてもらった。じつに刺激的で充実した海外調査であった。中国調査に関して書き始めたら紙面に収まりそうにない。またの機会に。大西先生といえば、海外でのフィールド調査のイメージが強いかもしれないが、研究室でも常に作業着に首からタオル―これぞまさに先生の正装ともいえる姿だった。温室での交配実験中、よく口笛を吹いておられたのだが、たいていクラシックだった。優雅に見えて、手先は尋常ではなく素早く、まさに忍者の成す技。驚いたのはご退官日の直前まで実験をされておられたこと。研究者とはかくあるべき、という姿は私のなかに深く刻まれ、揺るぎない目標となっている。私は今、ワサビの研究をしている。先生とはソバとダイコンで共著があり、これでネギの研究をしたらビンゴとなりそうだが全くの偶然だ。ワサビの研究に関しては、現地調査がライフワークになりつつある。おそらく門下生のなかで最も出来が悪く、どんくさい私がフィールドワークを主戦場に選ぶ研究者になることなど、大西先生も予想されておられなかったに違いない。私にとっては、先生の下で学ばせて頂いたからこそ、今の自分がいると思っており、感謝してもしきれない。調査のたびに思い出すことがある。それは、中国四川省の山奥「塩源」という地域でシャクチリソバを調査する際の出来事。その日は収穫物が少なかったため、暗いなかで植物を探すことになった。足早に目的地を目指すなかでの大西先生の言葉-「山根さん、あきらめたらあかん」「あきらめたら終わりや」。少しでも多くのサンプルを集めること、植物採集に貪欲になることを学んだ。ワサビを探すなかで、朝から晩まで歩き回っても一つも見つけられないこともある。そんな時「あきらめたらあかん、山根さん」が聞こえる。何度助けられたことか。普段の生活のなかでも折に触れて先生の言葉を思いだす。フィールドの極意だけはない。研究者として、人間として絶対に忘れてはならない大切なことを本当にたくさん教えて頂いた。わさびは蕎麦の名脇役。決して蕎麦には勝てないけれど、わさびが今一つの代物だと、蕎麦まで残念に思えてしまう。先生の弟子として恥ずかしくない研究者になりたい。大好きな蕎麦を食べるたびに身が引き締まる。私にとって蕎麦は研究者としての原点に返ることができるソウルフードなのだ。山根京子 やまね・きょうこ 1972年、京都市生まれ。京都大学大学院修了、博士(農学)。現在岐阜大学応用生物科学部准教授。主著「わさびの日本史(文一総合出版)」が第12回辻静雄食文化賞受賞。全国わさび品評会審査員。