母の小さな望みを叶えたら? | 50代からのビジュアルを味方につけた豊かな生き方、働き方

50代からのビジュアルを味方につけた豊かな生き方、働き方

自己表現が苦手な50代女性の為の
魅力を磨き、表現して、
選ばれ続けられるようになる
【個】を輝かす専門家。
「波動ファッション」で
在り方も生き方も顧客層も変わる。
日本ふんわりエレガント協会®︎会長

 

 

アラフィフからでも自分の才能を活かして

 

美しく、軽やかに笑顔で自立できる方法

をお伝えしています。

 

 

ブランディングプロデューサー小野康子です

 

 

 

 

 

はじめましての方はこちらへ。

 

 

 


83歳の母がある時ぽつりと言った。


「生まれた場所に行ってみたい。

わがままかもしれないけど、こんな願いを叶えちゃったら、もう死んじゃうかもしれないけど、行ってみたい!」

と。



「そんな簡単な事、お安いごようですよ!行きましょうー!」

と主人がすぐに計画を立ててくれた。


こう言う時にノリがいいのが、ありがたいー。




母の生まれた場所は、前橋だった。
広島が長かったから、広島だと思ってたら、


前橋の中川という場所。


高速で行けば2時間半ぐらい。
もっとずっと遠くだと思ってた。と母。


前橋の中川という地域はなくなっていて、
三河町と文京町の一部、になっていた。






83歳の母が生まれた場所だから、83年も前。
きっと、今とは全く違った景色だったのだろう。




こんな橋があったよ。
赤い亀!!

赤亀橋。縁起が良さそう❤️




でと、地名も無くなってしまって、
ちょっと寂しいなぁーと思っていたら、
なんと!中川小学校が残っていた!




名前がここに残っていてくれた!!

と母は、大喜びだった。



そして、そのそばに養行寺というお寺があった。

何百年も前からあるという。







きっと、2歳の母も、ここにきたことがあったに違いない。



手を合わせて、上を見ると!?

金で書かれた文字が、

「きくの」と読めるではないか??

他に正しい読み方があるに違いないのだが。

調べてもよくわからない。


私達には、そうにしか見えない!



「きくの」とは、実は母の亡くなった母。

(母がまだ中学生の頃亡くなった)

私の祖母の名前なのだ。





ここで、祖母がずっと待ってくれてたような気持ちになったのだろうか?母は涙していた。




ずっと行きたかった、誕生の地に行けて、

「ありがとうー!!指の先から、力が湧き出てきたよ」

と凄く喜んでくれた。



やっぱり、来てよかった。

主人に感謝だなー。



主人はいつも、こう言う時に

凄く盛り上げてくれる。



前の日も

「お母さんに電話して、今から

気持ちを盛り上げてあげよう!」


とか。


心から、母が喜ぶ事を提案してくれる。

有難いなぁ〜。



そして、

車に乗っている間中、

母が中川町で産まれてその後どのような場所で、どんなふうに過ごしてきたか?



祖母や祖父がどうして結婚したか?

などのルーツをいっぱい話しながら、




次の場所、富沢製糸場へ向かったのでした!!




母の小さな望みを叶えてあげたら、

何倍ものエネルギーになって返ってきたよ☆




 

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