
1947年8月1日、アメリカ ワシントン州の空が澄みきった夜、密かに墜落したUFOの残骸を回収し機内に残骸を搭載した1機のB-25爆撃機が空軍基地より飛び立った、ロングヴューとケルソーの上空を旋回した後、ローズ・ヴァリー付近の狭い峡谷へUFOの残骸を搭載した機は墜落してしまった。公開された空軍の事故調査報告書では、左側エンジンからの出火が原因で起こった墜落事故だと断定されていた。この機体には4人の搭乗員が搭乗し、パイロットのウィリアム・デービッドソン隊長とフランク・ブラウン中尉は墜落の衝撃で死亡し、W.D.マシューズとエルマー・タフはパラシュートで墜落機体から脱出し、残りの1人名は負傷し、もう1人は無傷で助かった。この墜落事故を、当時の8月3日付けの「アイダホ・デイリー・スタテスマン」紙は、飛行機が墜落した時、それは分析の為にカリフォルニアへ「空飛ぶ円盤」の6個の破片を運んでいたと報じ、また、8月7日付けの「ケルソニアン・トリビューン」紙は、飛行機の乗組員が“空飛ぶ円盤の調査員”であり、最高機密の積荷を運んでいたと報じたと言う。これらの報道により、墜落した機体には本当にUFOの残骸が搭載されていたのではないか?と話題になった。新聞報道で墜落事故を知ったエド・ブロック(76)は、その当時、機体が墜落してから数日以内に墜落現場を訪れたが、既に墜落機体の残骸は片付けられていて、焦げた木と、少数の金属部品しか残されていなかった。しかし、この墜落事故の噂を信じたジム・グリーアー(写真の彼)は、過去10年に渡って、飛行機が運んでいたとされる秘密の積荷の残骸とかの証拠を探していた、ついに墜落現場と思われる土地の泥の中から、2、3個の墜落機のエンジン部品と思しき物が突き出ているのを発見した。それと同時に付近にあった黒い岩の様なものが、極秘に運ばれていた積荷かもしれないので一緒に回収したと言う。今後は、ワシントン大学にて詳細に分析が進められる予定。彼は未だUFOの残骸を搭載していた機体の残骸がまだ何処かに残っていると考えているらしく、それらを発見する事を切望していると言う。

