戦前のゴム製品 | 世界珍ネタHunter!

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航空機にはタイヤの他、高圧ホース、防振ゴム、緩衝用ゴムパッキン等の沢山のゴム製品が使われている。現在ではこれらのゴム製品に関して日本は最高の性能と品質を持っているが、当時はこれらゴム製品の品質不良、特に油圧ホースやパッキン等に使われたゴム素材の耐油性不足が原因で起きた事故が少なくなかった。これらの部品には主としてゴムノキの樹液を凝固させ、加工した天然ゴムが使われていたが、油圧アクチュエーターに用いられていた作動油が50℃にも上ると、ゴムが溶けて油圧系統のパイプがつまり、フラップが下りなかったり、脚が下りなかったりというトラブルが頻発した。こう言ったトラブルを改善するには合成ゴムがあったが、日本ではまだ作る事が出来ず、海外から購入する他なかった。調査の結果、ドイツの「ブナ」あるいはアメリカの「ネオプレン」が優秀である事がわかったが、ちょうどナチス・ドイツの台頭でヨーロッパの戦雲慌しい時期とあって、輸入も難しかったので、空技廠が主体となって合成ゴムの国産化に着手した。当時、ブリジストン・タイヤ 戸塚研究所、日本化成工業大阪研究室、三井化学工業三池染料工業所、朝鮮窒素肥料興南工場、日本カーバイト等が国産化の研究を進めていたが、アメリカのGE社と関係のあった東芝を通じて微量のネオプレンが見本を入手していただけで、ブナにいたっては誰も実物を見た事がなかった。そこで海軍は、ブナゴム5トンをドイツのEG社から買って、潜水艦で日本に運び、合成ゴムを研究していた各社に加えて、大阪工業試験所、明治ゴム、藤倉ゴム、パルカー工業、ダンロップ、桜ゴム工業、三菱電機等の加工会社に製品加工研究用に少しずつ配るともに、国産化を推進する事になった。メーカー用の資材は海軍で配給する事とし、通産省と打ち合わせて、日本化成の黒崎工場、三井化学の太牟田工場、日窒合成ゴム工業の朝鮮青木工場等が、合成ゴム専門工場として建設された。



つづく




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