偽りのメッセージとファシリテーテッド・コミュニケーションの問題  | 世界珍ネタHunter!

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そもそもファシリテーテッド・コミュニケーション(FC)とは、人間能力開発研究所を興したグレン・ドーマンが脳障害や重度自閉症患者のコミュニケーション能力を持たせる為に考案に物であった。重度のコミュケーション障害(重篤な精神発達遅滞や自閉症など)を有する人達は、文字を綴る際に彼らがタイプライターのキーボードを打ったり又は文字盤上の文字を指し示すのを手や手首、あるいは腕を持つことによって身体的な介助を行うファシリテーター(教師または親)の介助を受けながらコミュニケーションするものだった。こうした身体的な介助を受けながらも健常者の眼前で、その直前まで全く意思表示能力など持たないように見えた精神障害者が、突然単語や文章をつづり始めるのである。ある時は物語が語られ、質問すると答が返される。犬と象の区別もおぼつかないように見えた子供が、一連の絵を見せられると、その腕はキーボード上をすべるように巧みに動き回り、正しい文字を指して行き、適格に絵の一枚一枚を言葉と結びつけて行く。もちろん、この前提はこうした方法で示された言葉のほとんどは、ファシリテーターではなく障害を持つ当人によって発せられたものだというのが大前提であるが・・・。但し、この方法には大きな欠点がありファシリテーターの介助によって発せられた言葉が当人では無く言葉を都合良く「媒介された」のものであるという現実的な問題がある。その言葉の伝達方法が善意に満ちた様相を呈している内は大した問題とされなかったが、既にファシリテイティド・コミュニケーションがアメリカ国内で広まった初期の段階から、奇妙なことが起こり始めていた。数件のファシリテーテッド・コミュニケーションでのメッセージには、障害を抱えたファシリテーテッド・コミュニケーションユーザーが両親やそのどちらか又は介護者から虐待を受けたことがあると言ったり、あるいはファシリテーターによって伝えられたのであった。しばしば、そうした虐待の多くは事細かな内容を含むものであったと言う。ファシリテーテッド・コミュニケーションに対する信頼性やその方法が、第三者の介助を得て言葉にされている複雑さに加えて、虐待の被害者が障害者という社会的な弱者である事から問題が深刻化し、より大きな影響を社会に及ぼし初めている。もしも児童虐待事件として刑事告訴されてしまった場合、判決が下される迄の間、被疑者は一年の大半を悲嘆のどん底で過ごし、身の潔白を明かすために莫大な裁判費用を費やさなければならないのである。何故?こう言った事実とは異なる証言がなされるのか? これは介助するファシリテーターの心理的状況に左右される。つまりファシリテーターが両親のどちらかであった場合、家庭内で起こった不満が事実とは異なるメッセージとして具現化してしまうのである。こうした悲劇を回避する為にも、ファシリテーテッド・コミュニケーションで得たメッセージの正確性を検証する必要があると言える。

因みに現在、ファシリテーテッド・コミュニケーションの事実性に関する検証実験が以下の方法で行われている。

実験に参加することについての同意

評価基準:ファシリテーテッド・コミュニケーションによる言葉や文章の精度を記録したり評価する観察者や審査員に関して、ファシリテーテッド・コミュニケーションについての予備知識が無く、自主的な判断を下すことができ、実験に関与することのない者を使うこと。

ファシリテーターによる身体面・情緒面への支援の維持

数組の例外を除いて、正式な検証の相当以前から一緒にFCにいそしんできて、相応の成果を上げている介助者ファシリテーターとファシリテーテッド・コミュニケーションユーザーのペアによって実施されること。

日常的に行われる一般的なコミニケーション(例えば、日常の出来事を話し合ったり、良く知っている絵や品物の名前を上げたする事)


検証場面におけるファシリテーテッド・コミュニケーションユーザーの明確な成功例の確立

介助者ファシリテーターが入手できる情報の管理



こうして管理された状況下で実験を行なった場合、仮に5人のファシリテータが個々に1人のファシリテイティド・コミュニケーションユーザーに対してファシリテイティド・コミュニケーションを行い、 得られたメッセージに整合性があるようであれば、それらはファシリテイティド・コミュニケーションユーザーから発せられたメッセージだと推測出来るが もしメッセージがファシリテータ毎にバラバラであれば、それはファシリテータによって都合良く創作されたメッセージだと判断出来る。しかし現実は残念ながらもっと複雑で、これは決定的なテストではないと言える一面も持ち合わせている。ファシリテイティド・コミュニケーションを強く支持する側からすれば、ファシリテータとファシリテイティド・コミュニケーションユーザーとが強い絆を持ち、お互いを信頼して効率的に作業を行える様になるまでには長い時間が掛かるという点を挙げている。だからファシリテイティド・コミュニケーションユーザーは、ある特定の数人とのファシリテータとは非常に上手く出来るが、他のファシリテータでは全然意志伝達が出来ないとの反論意見である。又被験者であるファシリテーテッド・コミュニケーションユーザーに対し実験前にファシリテータに耳栓や、周囲の音声が聞こえないようノイズが流されているヘッドホンを着けた状態で、ファシリテーテッド・コミュニケーションユーザーのみに口頭での質問が提示される実験を行ったが、答えは誤解答でファシリテータがファシリテーテッド・コミュニケーションユーザーがどのような情報を受けとっていたかを答える事は出来なかった。このファシリテーテッド・コミュニケーションユーザーには提示された情報がファシリテータには知らされなかった情報に対する誤解答が意味するのは、ファシリテータがメッセージを都合良く操作しているという端的な証拠を得るのに十分な物であったが、ファシリテータは能力を実証する機会に挑むに当たって、緊張して自信を喪失し不安にかられたりしたか、ファシリテーテッド・コミュニケーションユーザーの反抗のせいだと反論している。短絡的に行われた実験データから判断してしまうとメッセージの真実度は限りなく0%に近いと言えるが、十分な検証もされずに事実の様にメディアが広めてしまった問題もある。現時点では誠に残念な事ではあるが全く新しい画期的なコミュニケーション方法が新しく確立されない限り、ファシリテーテッド・コミュニケーションで告発される児童虐待問題は今後も消える事は無いであろう・・・。









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