因みに現在、ファシリテーテッド・コミュニケーションの事実性に関する検証実験が以下の方法で行われている。
実験に参加することについての同意
評価基準:ファシリテーテッド・コミュニケーションによる言葉や文章の精度を記録したり評価する観察者や審査員に関して、ファシリテーテッド・コミュニケーションについての予備知識が無く、自主的な判断を下すことができ、実験に関与することのない者を使うこと。
ファシリテーターによる身体面・情緒面への支援の維持
数組の例外を除いて、正式な検証の相当以前から一緒にFCにいそしんできて、相応の成果を上げている介助者ファシリテーターとファシリテーテッド・コミュニケーションユーザーのペアによって実施されること。
日常的に行われる一般的なコミニケーション(例えば、日常の出来事を話し合ったり、良く知っている絵や品物の名前を上げたする事)
検証場面におけるファシリテーテッド・コミュニケーションユーザーの明確な成功例の確立
介助者ファシリテーターが入手できる情報の管理
こうして管理された状況下で実験を行なった場合、仮に5人のファシリテータが個々に1人のファシリテイティド・コミュニケーションユーザーに対してファシリテイティド・コミュニケーションを行い、 得られたメッセージに整合性があるようであれば、それらはファシリテイティド・コミュニケーションユーザーから発せられたメッセージだと推測出来るが もしメッセージがファシリテータ毎にバラバラであれば、それはファシリテータによって都合良く創作されたメッセージだと判断出来る。しかし現実は残念ながらもっと複雑で、これは決定的なテストではないと言える一面も持ち合わせている。ファシリテイティド・コミュニケーションを強く支持する側からすれば、ファシリテータとファシリテイティド・コミュニケーションユーザーとが強い絆を持ち、お互いを信頼して効率的に作業を行える様になるまでには長い時間が掛かるという点を挙げている。だからファシリテイティド・コミュニケーションユーザーは、ある特定の数人とのファシリテータとは非常に上手く出来るが、他のファシリテータでは全然意志伝達が出来ないとの反論意見である。又被験者であるファシリテーテッド・コミュニケーションユーザーに対し実験前にファシリテータに耳栓や、周囲の音声が聞こえないようノイズが流されているヘッドホンを着けた状態で、ファシリテーテッド・コミュニケーションユーザーのみに口頭での質問が提示される実験を行ったが、答えは誤解答でファシリテータがファシリテーテッド・コミュニケーションユーザーがどのような情報を受けとっていたかを答える事は出来なかった。このファシリテーテッド・コミュニケーションユーザーには提示された情報がファシリテータには知らされなかった情報に対する誤解答が意味するのは、ファシリテータがメッセージを都合良く操作しているという端的な証拠を得るのに十分な物であったが、ファシリテータは能力を実証する機会に挑むに当たって、緊張して自信を喪失し不安にかられたりしたか、ファシリテーテッド・コミュニケーションユーザーの反抗のせいだと反論している。短絡的に行われた実験データから判断してしまうとメッセージの真実度は限りなく0%に近いと言えるが、十分な検証もされずに事実の様にメディアが広めてしまった問題もある。現時点では誠に残念な事ではあるが全く新しい画期的なコミュニケーション方法が新しく確立されない限り、ファシリテーテッド・コミュニケーションで告発される児童虐待問題は今後も消える事は無いであろう・・・。
