北米に輸出された当時900Rは、カワサキのフラッグシップマシンと言う事もあり高価格だったが、昭和61年に上級のGPZ100RX ニンジャが900Rよりも10hps出力アップで登場し一時はカワサキのラインナップから900Rは消えるかと思えたが根強い人気により、両車共に並行販売される事になる。翌年にはGPX750R系がデビューしたためGPZ900Rは対米向けから外された他、一時はヨーロッパでもGPZ1000RXとGTR系が主流となったが、根強いファンは1000㏄よりも10㎏も軽くバランスの良さをますます意識して、その後もオーダーが途切れる事はなかった。エンジンベースは同一ながらハイ・ポテンシャルのZX-10のデビューが昭和63年にあり、900Rの人気は落ちるかと思えたが、900Rが10万㎞もノントラブルで走った事で、更に900Rに人気が上昇して行くが
出力は扱い易さを考慮してマインド化され110hps/9,500rpmとなった。平成元年には900Rが映画トップガンに登場した事もあり、人気が再燃焼しレーサーレプリカZXR750のデビューにも関わらず販売は続けられた。デビュー7年目を迎え、カワサキがロングセラーモデル化をアピールする為にA7からはサスペンションとホイール系を一新させた。出力は108/9,500rpmとなりフロントフォーク径は38㎜~41㎜に強化され、AVDSのアンチダイブシステムも廃止され装備その物がZZ-Rに近いものにグレードアップ、タイヤも前後17インチと近代化、ホイールもZZ-Rと同様な3本スポークとなった。そしてA8からは国内向けモデルが販売される事となり、外装のカラーリングも輸出仕様と同じであったが、出力は86hps/9,000rpmへデチューンし、巷で噂されていた97hpsには届かなかった。タコメーターとスピードメーターの位置が入れ替わり、ヘッドライトも常時点灯式となり販売価格は79.9万円に設定された。輸出仕様はフルパワーと称して逆輸入車の人気も高く98~118万と価格が上昇した。フルパワー仕様と称された輸出仕様と国内仕様との相違は、カムシャフトのプロファイルが異なる他、第2減速比が3%異なっていてハイギアー設定の為と、国内仕様は中速トルクがある為に180㎞/hでスピードリミッターが輸出仕様と同等の走りをみせた。平成2年に販売されたA8は平成元年度に販売されたモデルと同一カラー、であったがキャブレターのみペイント仕上げから鋳造仕上げの間々となった。Z1とZ2との関係と同様にラインナップの拡大が実行され、セオリー通りに900から750㏄と排気量を下げたGPZ750Rが昭和59年から昭和61年にかけて日本及びヨーロッパ向けとして販売された。昭和59年型のGPZ750Rは当初は日本向けのみに出たモデルで、いわゆる国内専用だった。エンジン変更箇所は、ボアが4バルブヘッドのため2.5㎜小径化、超ショート・ストロークの70×48.6㎜となり排気量は748㏄になり、圧縮比は11.0→10.5へ、出力は77hps/9,000rpm、6.5㎏-m/7,000rpmとデータ的にGPZ750Fと大差ない出力であったが、トルクが0.1㎏-m多く発生回転が1,000rpm低く、4バルブは下もあるとカワサキ技術陣が述べたのを裏付けたマシンとなった。車重は750Fの217→228㎏とウエットライナーが厚くなったりしたことで空冷よりやや重くなったものの、動力性能的には実測で230/hをオーバーするという、当時としては最速のナナハンであった。ヘッドバルブ径も吸入が1.0㎜、排気が1.7㎜程小径に設定された。900Rと同一装備の750Rは、ハイグレードマシンとなりフロントにはAVDS(オートマチック・バリアブル・ダンピング・システム式アンチダイブ)付き、フォーク径もGPZ110の37㎜より大径の38㎜を装備し、昭和59年型GPZ750Rのメーター系と平成2年に販売された国内モデルのGPZ900Rとはメーター系が共用のデザインではあったが、ロングセラーモデルであることを感じさせた。当初は国内専用であったが、昭和60年からは一部ヨーロッパ、ドイツやイギリス等へ輸出された。その理由は、このクラスにヤマハFZ750やスズキGSX-R750等の750㏄モデルが続々と販売された為だった。