映画の撮影の為に製作された機体はトールマンツ フェニックス P-1と名付けられ、多くの航空機から必要部品を集めて製作された。その外観は映画に登場するフェアチャイルドC - 82がベースとして作られた様に見せていた。
因みにトールマンツ フェニックス P-1は、次ぎの様な部品から構成されていた。
ノース アメリカンT-6 : エンジン、カウリング、プロペラ、主車輪、コックピット操縦系等
ビーチクラフト C-45 :主翼、尾翼
ノース アメリカン L-17:尾輪
トールマンツ・アビエーション社にて胴体、翼取り付け基部、スキッドを新たに新造された。胴体は木製フレームとジュラルミン外板からなりオープンコックピット部分はスチィールパイプのフレームワークで構成されていた。機体の製作は1965年6月に完了し、飛行許可を得る為に米連邦航空局発行(FAA)の耐空証明書を6月14日に申請した。
マンツは映画「飛べ!フェニックス」のテイク2の撮影のためにアリゾナ州の砂漠の撮影現場でトールマンツ フェニックス P-1を操縦してる際に失速速度に低い速度で非常に不安定な飛行してた事から機体が失速し落着する様な形で地面に接地或いは単に目測を誤り接地してしまいマンツは即座にフルスロットルにして機体の体勢を立て直そうとしたが落着によって胴体部に過度の荷重が掛かった機体は2つに折れ、逆立ちした状態になり地面に叩きつけられたマンツは即死してしまった(コックピット内でマンツの後に立ち、ハーディ・クリューガーの演じた役を代行していたスタントマンのボビー・ローズは重傷を負った)。
残された動画を見る限りマンツの行った操作は残念ながら、妥当だったとはいえない。落着又は目測を誤って地面に接地した事によって過度の衝撃が加わった胴体では、フルスロットル操作は妥当ではなくフルスロットルにしてしまうと強烈なプロペラ後流による荷重が尾翼部分に加わり強度の失った胴体では耐え切れず分離してしまう。少なくともスロットルをアイドルに絞ればマンツは生還出来たかもしれない。つまり地面に接地した後にフルスロットル操作をしても、既に時遅しだった。
後に米連邦航空局(FAA)の事故調査では、マンツが飛行前にアルコールを摂取していたことを指摘し、この結果マンツの「対応能力と判断力」が減じたためスロットル操作をアイドルにする等の適切な操作をせず逆にフルスロットル操作をし機体を加速させようとした事が本件の死亡事故に繋がったと報告している。13年後にマンツの共同経営者のフランク・トールマンも飛行機事故で死亡した。
