80’年代アメリカ AMAに参戦し活躍したVF750F“V45-INTERCEPTOR”がある。“45“は
排気量750ccをキュービックインチし換算した時の値、INTERCEPTOR”は「迎撃機」を意味していてアメリカに於けるVF750Fの愛称だった。80’年代は空前のバイクブームとあって、各社はこぞって毎年の様にニューモデルを発表していた。その大半の大排気量車は、空冷直列4気筒を採用していた。空冷直4エンジンを搭載したCBを初めて市場投入したのがホンダであり、これこそ自他ともに認めるホンダのアイデンティの筈だった。しかし、他社も空冷直4エンジンを生産しホンダに追随して来た事でホンダの持つアイデンティが揺らいでしまった。その結果、ホンダは直4だけではダメだと言う結論を下し、他車との違いを明確にする為に新たにV4エンジンを開発する事になった。ホンダが新たにV4エンジンを開発するきっかけは、アメリカの公道を走る車両だった。L型エンジンを搭載したドカティ、水平対向エンジンを搭載したBMW、Vツインエンジンを搭載したハーレー等が独特のアイデンティを醸し出していた。日本製バイクの各社がごぞって空冷4発を採用し、独自性が薄らいでしまった中で、当時ホンダが独自色を決めるのは最優先課題だった。ホンダがV型エンジンを決定した理由には、アメリカ人が非常にV型エンジンを好んでいた事。音、トルク感、フィーリング等からだった。技術的に求められたのはホンダにしかないV型エンジン。エンジンの狭角はアメリカ人が連想する45°ではなく90°にし、アメリカ人が求めるフィーリングを実現しつつもハーレーではないV4エンジンだった。
