【和歌は唐詩より優れていた】
 
 梅原の最新刊「世阿弥の神秘」(2010年9月、角川学芸出版)の中で「世阿弥と天台本覚思想」という章を設けて、世阿弥作の能「白楽天」をとりあげている。内容は唐から日本を偵察に来た白楽天と住吉明神が化した老漁夫との問答が中心になっていて、唐詩と和歌の優劣が比較される。唐詩は優れた人間が作るだけだが、和歌は生きとし生けるものすべてが歌を詠む。老漁夫が「日本では花に鳴く鶯、水に住む蛙まで歌を詠みます。」と言う。この話を聞いて白楽天は日本の知恵は計り知れないと観念して帰国する。和歌の方が唐詩より上であるという物語になっている。
この物語の背景には元寇のイメージがあるという。世阿弥57歳の時に応永の外寇があり大陸からの外圧に対して警戒心を強くしている時代だった。登場する白楽天は外圧の象徴であり、世阿弥作「白楽天」では偵察に来た白楽天=外圧に「和歌」に象徴される日本の知恵で対抗して撃退する物語である。
 このことは人間が自然を支配するという西洋哲学の思想、あるいは人間のみ成仏できるとする考え方よりも、「草木国土悉皆成仏」で表される天台本覚思想の優位性を主張し人類の今後の存続に必要な考え方とする梅原の「新哲学創造の理念」に通じている。否、梅原は世阿弥の世界を研究する過程でそこに到達したのかもしれない。