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東西線早稲田駅から降りてすぐの場所に、ラーメン屋「メルシー」がある。
ぼくにとって「メルシー」は、学生時代の想い出とピッタリくっついた、深い思い入れがあるお店だ。
この「メルシー」、休日が日曜、祭日。そして、平日も夜の7時半にはしまってしまうので、離れた街に住んでいる今、なかなか行けない。数日前、仕事の合間に新宿でポカンと時間があいたので、「おっ!このタイミングを逃すものか!」とひとり意気込み久しぶりに足を向けてみた。
学生時代のぼくは、ホンダの50ccの原付「JAZZ」(ハーレー・ダヴィッドソンをギャグみたいに小さくしたようなバイク)に乗って、「メルシー」でラーメンを食べ、大隈講堂横の第二学生会館一階にある音楽サークルのラウンジに入り浸り、その日ごとにそばに偶然いた連中(矢野さんや小松や奥田なども含むサークルの仲間)と音楽の話や、どうでもいいギャグの発表、くだらない喧嘩などをして家に帰る。そんな感じで4年間を過ごした。
当時は携帯もなかったから、人に会うにはあてずっぽうにその場に行くしかなかった。ともかく、みんなその辺に「いた」。用事もないのに「いた」。今は誰が来るかわからないのに、待つなんてことないだろう。
さて、早稲田について駐車場を探すついでに少し街をまわってみた。すると、小松が昔バイトしていたファミリー・マート夏目坂店(ぼくがノーナを結成するため、早朝、件の原付「JAZZ」にまたがってノーナ最初の曲「自由の小鳥」のデモを持っていった店)は潰れてしまっていた。
でも「メルシー」は恐ろしいくらいに一緒だった。こぼれたスープが乾いてカピカピになってる「ヤング・ジャンプ」を読みながら、ちょっと感慨にふけりつつラーメン(390円!!)を食べて、次の仕事場に向かった。
ぼくにとって早稲田大学の周辺は今でもある意味、映画のセットみたいな感覚の街。東映映画村とか、日光江戸村みたいなもの。
今、自分は、あの時夢見た「プロのミュージシャン」になっている。
もちろん一歩一歩、まだまだだけど、「この方針で行こう!!!!(小林稔侍風に)」と思えた4月の昼下がりだった。
2008年05月01日
西寺郷太