カサンドラの人とお会いした際に、ときおり耳にする言葉…
「アスペルガーと結婚する人の特徴はなんですか?」
「私はACで自己評価が低いから、今の夫と結婚したんだと思います」
「夫の問題を考えているうちに、自分のACに気がつきました」
「カサンドラの原因はACでしょうか?」
私は常々、「自分の中にカサンドラの原因を探すべきではない」と強く思っています。
それをすると考えるべき事の芯がブレて、回復までものすごく遠回りになるからです。
そもそも、カサンドラは誰のせいでもありません。
「私」のせいでも、「夫」のせいでも、「アスペルガー」のせいでもないのです。
「関係性の病」であるとの専門家の言葉、私もそれが本質だと感じています。
もう少し踏み込んで言うと
・「夫」や「私」が育った時代に発達障碍の概念がなかった
・成長過程において、発達についての知識を持つ大人が周囲にいなかった(親・教師など)
・社会における発達障碍の認知度と理解度の低さ
・「就労」をゴールにしているために起きている、グレーゾーンの発達障碍者の生活困難の理解不足
・当事者に自覚がないこと(サイレントアスペルガー問題)
これらがベースとなって、
知識や経験のないままに
無自覚な「サイレントアスペルガー」との生活の中で
通常の夫婦間とは違う、意思の疎通の無さや日常の困難や違和感やトラブルを積み重ねる…
これがカサンドラの素になるわけです。
ASD(主にサイレントアスペルガー)の夫を選んだ理由を考え、そこに考察をめぐらすことに意味がないとは言いません。(自分を振り返る機会、という意味で)
しかし、
「私が○○だからアスペルガー者としか結婚できなかった」とか、
「だから現状(カサンドラ)は仕方ないんだ」と、
自分サイドに原因があるとするのは
夫との関係性という本質から目をそらすことになるんじゃないかしら、と思うのです。
じっさい、私ツナはカサンドラの真っ最中に
自分に原因があるんじゃないか…ということをよく考えました。
私が欠陥人間だから、欠陥のあるアキラさんにシンパシーを感じた?
私がマトモじゃないから、アスペルガーの人をいいと思っちゃった?
じゃあ、私が苦しいのは自業自得?
自分の責任でこうなったんなら、現状をあきらめるべき?
でも、その考えは違う、と気がつきました。
そもそも、
夫を「アスペルガーの人」とひとくくりにする時点で
夫自身を見ていない事になります。
アキラさんは「アスペルガーの特性を持つアキラさん」であって、
ただ「アスペルガーの人」というだけの存在ではないのです。
そんな単純なことが、カサンドラどん底の時期にはわかりませんでした。
その後、滝口のぞみ先生とお会いする中で
私のせいとか、アキラさんのせいとか、そういう問題じゃなくて
ただお互いに特性を理解できていなかったせいで
関係の作り方を間違えていたんだ、と納得できました。
私はアキラさんにわかるやり方や言い方を知らなくて、
アキラさんの方も自分が何がわからないのか、ツナの言葉が何を意味してるのか、まるで理解できなくて、
でも理解できないことが伝えられなくて、
ツナは見当違いの方向に想像をめぐらせて、傷ついて……
そうやって関係性がうまく築けなくなったせいで
私ツナはカサンドラになっていったのです。
そのことに気付かなければ、私はきっと今も
すべては自分のせいだと受け入れながら深く絶望して
カサンドラから回復できていなかったと思います。
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