今からもう25年前になるか、鬱で休職してたときのこと。
その日はクリニックでの診察があった土曜日。終わって近所のTSUTAYAで立ち読みをしていた。すると携帯が鳴った。出てみたら会社の人事部長。悪いが今から来れるか?ということで、私服だけど良いですか?を訊くとOKだったので会社に向かった。
到着すると部長と課長に会議室に連れて行かれた。
そこで「お前はこの会社に合わないから辞めろ」と直球で言われた。まだ若いから(30前半だった)なんとかなるだろう、と。課長は腕組みをしたまま黙っていた。拓銀から会社に拾われ、私とも結構軽口言い合っていた課長。
宣言された後、これで解放される、と思った。しかし土下座してでも辞めさせないでくれと頼めば良かったとも。営業&配送1年、営業事務10年。朝は早くから夜は遅くまで、日をまたぐこともあり、PCに向かってひたすら打ち込む日々。息抜きの煙草も5分、昼休み10分ということもあった。それでも辞めたくなかったのは少なからず愛社精神があったのかもしれない。
鬱で頭の中が濁っていて、何も言えずなすがままになり、退職届を書かされおしまい。
自己都合であったが会社都合にしてもらい、失業保険はすぐもらえた。退職金は合計120万ほど。中小企業はこんなものだ。
退職の日、会社に行き、皆に挨拶した。
一番お世話になった人にちゃんとお礼言いたかったけど、忙しい最中だった。
現場の人達にも挨拶したが、特に惜しまれることもなく。
帰ってから携帯に後輩から着信があった。急ぎならまたかかってくるだろうと思ってがかかってこなかった。恐らく送別会だと思う。結局送別会も開かれず、会社を去ることになった。惜しまれることもなく、ただ黙って静かに居なくなる、自分らしくて。得意先ノートは結構詳しく書いたから、代理でやる人も楽にやれるはずだし大丈夫だろう。
そして、蕎麦屋の営業、食品卸のオペレーター、等々流れていったが、とうとう誰にも拾われずに今の生活になった。
でも今でも思う。あの時土下座でも泣き落としでも会社に残れていたら、と。