嫉妬という感情は


人を美しくしたり可愛くしたりすることもあるけれど


私の場合は


あまりそうではなくて


ちょっと意地悪な気持ちにさせることが多い




例えば 好きな人がいて


その人が 自分とは異なる人と仲良くしていると


その「異なる人」を 一瞬だけど嫌いになったり


うっとおしく思ったりする


それは男の人を好きになるときもそうだし


女の友達を「親友」として捉えている時も そう


自分は「たったひとりの親友」と思っていても


相手にとって自分が「複数のうちのヒトリ」であったんだな


とわかってしまったとき ずーんと響く





そういうときの 自分の感情は


好きじゃないな


というよりも 嫌いに近い


自分の中にある黴菌のような存在で


できればなくしたいけれど


知らぬうちに増殖するものだから


なかなかいなくはなりません




振り返ることができるのは「過去」


「今」は振り返るものではなくて 生きるもの


「今」という瞬間を たった今 振り返ろうとする行動は


不可能なんじゃないかな


だから 必死になればいいと思う





今日は久しぶりに後輩の試合を見に行きました



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この景色は 少し前の自分が見ていた景色


この水しぶきの音に埋もれながら 必死だった


試合の後には 先輩1人と後輩1人 3人で晩御飯を


年の差は片手の指で数えられるほどしか変わらない3人


でも


今を必死に駆け抜けてる後輩と


今や「昔」となった「今」(=当時)を振り返っている私


さらに多くの時間を過ぎた先輩


それぞれが感じられることは差異あると感じた





後輩にとっては少し難しい話をしてしまったかもしれないけれど


とにかく「がんばれ」としか言えないのが本音


今は 冷静になって自分を見つめることも大切だけど


振り返るような暇があるのなら


なによりもガムシャラになって欲しい




後になって振り返る「今」が


より素晴らしいものになりますように・・・



実際に会ったことのない人と


ネット上の掲示板などを通じて「知り合い」になる





「え~ネットで??」 「だって知らない人でしょ!?」


って考える人の気持ちもすんごいよく分かる


けれど、


ネット上だからこそできるコミュニケーションも


存在すると思う





その人の容姿が見えていないからこそ


その人の発する文章やメッセージをもとに


その人がどんな人なのか、ということを探ろうとする


でもそれは結局、


メッセージはその人のキャラクターを


私たちが思う以上に 何倍にも膨らませて反映するから


実際に会うよりもリアルに「出会っている」のかもしれない





ちょっとした言葉遣いだったり


相手に対する「気遣い」が見えてくる


ネット上であっても、それがコミュニケーションであるとして


認識して接している人というのは


すぐに分かるし とても心地よくて好感を持てる


ネットで顔も見えてないし なんでも書いていいって思ってる


そんな人のメッセージもまた すぐに分かる





携帯やPCなしには もう生きていけない世の中を


悲劇のように伝えるニュースも耳にするけれど


コミュニケーションのかたちが変化しただけで


人の感情とか 気遣い 思いやり 礼儀などなど


大切な部分はいつまでも失われることは無いと


私は思うな・・・




そういうことを教えてくれたサイトを私は知ってます