昨日は部活の同期の御宅にお邪魔して


昼間から呑んで・・・結局は終電ぎりぎりまでお世話に


一言でいうと とても楽しかった



酔いに酔った元主将は 止まらない勢いで当時の思い出を


熱く語ってくれました


それにつられて あまり酔っていないだろう他メンバーも


熱く 少々オーバーに語り始め


そんななか 私の話にも及びました




「ホントおおげさじゃなくて 慶應史上さいっこうのマネージャーだから」




おいおい 勢いあまって褒めすぎだろぉ


と お世辞であることも分かってはいますが


それでも 振り返ってそういってくれるのは


嬉しいし


あの頃は意味があったんだ と


再確認して ほっとする瞬間なのです




昨日は 慶応義塾體育会の卒業式に行ってきました


ワタシの学年は413人の體育会メンバーがいたそうで


多いと感じるか 少ないと感じるかは人それぞれだと思いますが


ワタシは少ないなぁと思いました



その少人数の 體育会という世界でやりぬいたメンバーの


一員であれたということを いままでで一番実感できたような


気がします




よく聞く会話というか文章で


「體育会というだけで仲良くなれる」みたいなのがありますが


ホントです


やってた内容はまあまあ差異があるはずですが


なんであんなに初対面でも仲間意識が芽生えるのでしょう




集合写真を撮ってるあいだに 見事に終電を逃し


日吉帰る組に便乗して 日吉へ


そして ひとりの同期の家にダベりに・・・


ダラダラでしたが 楽しかったです


結局帰ったのは朝5時





不思議な集団に属してました


幸せだったんだな としみじみです



もっと周囲を見渡して!


近い未来を見据えて!!


近い過去はその都度振り返って!!!



現状に甘んじるのはダメ


自分が今いる 立場 役割 キャラクター


それがいつまでも続くということは


そうそうないと 私は思う



自分にモノを教えてくれる人がいる


自分のミスをフォローしてくれる人がいる


自分が何をすればよいか 指示してくれる人がいる




でもそれは


その場所でスタートを切ったばかりの頃に限定される


そうであるべきであるし


時間が経てば経つほど


気づけば 自分が責任を負う位置に立っている


そういうものだと思う




時に面倒な立場に立つべきだ ということに


気づかないふりをしている人を 時々目にするけれど


それは「逃げ」というもの


見ざる 聞かざる 言わざる


ダメです そんなの人間には通用しません





解決するのに困難な物事を


見て分かってるのに


聞こえて分かっているのに


言わなきゃいけないことがあるのに


その役割を放棄する人って いる




そういうの 結構ツラいけど


「やな役」になってしまうことも多々あるけど


「なんでワタシこんな頑張らなきゃいけないの」的な


想いをしょってしまうこともあるけど

私はできるかぎり 逃げたくないから頑張りたいって


そう思うんだ