こんばんは。
本日もまたひとつ、
さよならのニュースです。
近江鉄道彦根駅の構内にある
近江鉄道博物館ですが、
12月8日の一般公開を最後に
閉館するのだそうです。
同社のホームページによると
資料館に展示中の資料の再活用の
ことは案内されていますが、
数多くの保存車両については
今後どうなるかふれていません。
近くで見られる最後のチャンス、と
書かれているので気になる方は
この機会をお見逃しなく。
近江鉄道彦根駅は東海道本線の
JR彦根駅に隣接しています。
セメントの原料の石灰岩を
輸送していた頃の名残で
構内は広く側線も多くありました。
貨物輸送が廃止になってしばらくは
色あせた機関車や電車、貨車などが
構内に並んでいるのが東海道線の
車窓からもちらっと見えました。
解体されないうちに、と思い
関西方面に出かけた帰りに
寄ってきたのが本日の写真です。
貨物営業の廃止は1988年3月、
取材は1990年1月6日でした。
米原からの新幹線の指定席を
取ってあったので、わずか
1時間少々の滞在時間でした。
クハ1218+モハ6
近江鉄道のホームから。
停車中の電車は当時の主力車両の
モハ1形、クハ1210形です。
車籍の上では更新の扱いですが
車体を新造して旧型車の部品を
組合せたり…
その履歴は複雑に入組んでいます。
電車が出発すると
目の前に3両の機関車が現れました。
その奥にはさらに多くの車両が
留置されています。
跨線橋の上から
当時の跨線橋は近江鉄道のホームまで
だったので駅前からぐるっとまわって
反対側の事務所まで行きました。
では電気機関車から見ていきましょう。
ED14 4
ホームからもよく見える位置です。
訪問した1990年頃では地方の私鉄など
ほとんど情報がなくて、当然ですが
インターネットなんぞもありません。
雑誌の後ろの方の投稿欄などで
たまにちょっと見かけるくらい。
そんな時代ですから
行ってみなきゃ判らないことも多かった。
逆に見てびっくり、楽しみもありました。
近江鉄道は貨物廃止後、ほとんど全部の
機関車が彦根に残っていてうれしかった。
ED14 4の反対側
1ヶ所の窓のさんが十字で残っています。
ED14は東海道線の東京・国府津電化の際
アメリカから4両輸入されました。
後日全車両が近江に流れてきました。
貨物廃止後も1・4号機が保線、工事や
イベント用に現役で残りました。
その後4号機は茶色に塗色変更されました。
廃車機関車の列
ED312、ED143、ED142、ED313
ED143、ED142
ほとんど違いはありませんが、ライトの庇
側面の窓のさん、エアフィルターなどに
差異が見られますね。
ED141
今回の閉館で行き場が無くなるのならば
ぜひ大宮や京都で保存して欲しいな。
ED313
ED312
ED314
ED31型は伊那電鉄が発注した国産機です。
全部で6両ありました。
国産電機の黎明期で武骨です。
前方視界は超悪そうですが蒸機と比べれば
多少ましかもしれません。
ED311
1号機はジャンクの奥のほうにいました。
前述のように情報がなくて5号機を撮り損ね
ましたがどこかにいたんでしょうか。
ところでもう1両のED316号機は…
上信電鉄ED316
ここにいました。
伊那から上信に来た後、箱型に改造されました。
とても同じ機関車には見えませんが・・・
車体フレーム以下と側面の小さな窓に面影が。
元々電車用の台車(DT10)で非力そうです。
85kwモーター×4個です。
(ED14は250kw×4)
ED4001
この機関車は東武鉄道から移籍してきました。
廃車後古巣に戻り、東武博物館に入りました。
ED14のアメリカンに対して英国型です。
比べちゃうと国産が一番カッコ悪いな。
1101(1100型)
阪和電鉄出身です。
国鉄に買収された後、職を失い流れてきました。
続いてDLを見ていきましょう。
DD13104
言わずと知れた旧国鉄のDD13です。
1ツ目の初期型の車体にウイングバネの後期型
台車を履く中間期のタイプです。
DD451
その名の示すとおり45t機です。
小名浜臨港鉄道から転入しました。
D340(D35形)
八幡製鉄から転入しました。
これら3両のDLはキリンビール滋賀工場からの
貨物輸送のために在籍しましたが、1984年に
貨物廃止後、1990年に廃車になりました。
続いて電車です。
クハ1210形+モハ1形
最初に登場した電車と同型です。
私には新車に見えますが車籍上は更新車です。
複雑な経緯は専門家にお任せしましょう。
6編成あったそうです。
近江鉄道を撮りに行く、と決まったとき
モノクロフィルムを用意しました。
水色の機関車はモノクロ向きだと思ったのでね。
でも電車はカラーの方が良かったですね。
モハ205、クハ1201
車体は小田急の1600形だそうです。
足回りは東急3150形らしいです。
なぜそんな組合せにしたのか…
手元に余ってたパーツを組合せたとか…?
なんだか鉄道模型みたいですね。
モハ100形
前述のモハ205と連結しています。
岳南から3両転入した元モハ1100です。
典型的な日車型の車体ですね。
モハ1形(左)モハ500形(中)
モハ500+クハ1500も6編成あり
モハ1形とともに当時の主力でした。
モハ9+クハ1208
モノクロで判りにくいですが西武色です。
こちらは典型的な旧武蔵野タイプですが、
車籍上は宇治川電気の更新車だそうです。
近江鉄道は中古車を買うのが嫌だったのか
旧車籍を残して更新扱いすることが多い。
履歴が複雑になる原因のようです。
(もしかして古いほど固定資産税が安い?)
流山電鉄 クハ52
旧武蔵野タイプは各地に散らばりました。
これなんかそっくりです。
モユニ11
近江鉄道は80年以上郵便輸送を続けたそうで
最後の郵便車です。 1984年廃車。
次は貨車です。
ワフ1形
全部で9両あったそうです。
鋼製で新造したものと木造を鋼体化したものが
ありましたが、見た目は一緒です。
先頭はED141。
ワフ7
木造車を自社工場で鋼体化したものです。
次位はワ36。1923年製。
大正末期だから当然木造だったでしょうね。
これも自社工場で鋼体化したそうです。
さてその次が問題です。
木造有蓋車の扉に窓が切ってあります。
問題の貨車
いかにも馬が顔を出すのに都合良さそうです…
ということは家畜車??
問題の貨車(右端)
反対側には窓がありません。
訪問当時気になって写真だけは撮りましたが
その後調べもせず、時だけが過ぎました。
この写真左端の大きな木造建築は改装して
現在の資料館になっています。
セキ1形の廃車群
1965年から新造、30両在籍したそうです。
トム200形
こちらは旧国鉄から移籍しました。
予備知識もないまま、1時間少々の訪問で
とにかく撮りまくってきましたが、今思えば
もう少し詳しく取材できれば良かったです。
現在ならパソコンのキーボードをたたけば
いくらでも情報を得られるので苦労しません。
あ、そうか・・・
情報が少ないなかで現地に行くからこそ、
発見もあったりしておもしろかったんだ。
そう考えれば楽しい思い出です。
これらの愛すべき車両たち、
安住の地を見つけられますように。
《模型のこと》
ED14はカワイモデルの名物車両でした。
まだ市販の鉄道模型の車種が少なかったころ
いち早く製品化され市場に出回ったので
どこの鉄道にも在籍したのではないでしょうか。
当鉄道にも1両在籍しています。
車輪は真鍮鋳物(ロストワックスではない)で
リベットなどないしヘッドライトは直接半田付け
窓ガラスもありませんが良く走ります。
自分はこのモデルを新車で買うほど古くないので
秋葉の模型屋で中古で買いました。
記念物としてそのままの状態で走らせています。
(動態保存機?)
《鉄道車両カウントダウン》
平成の終わりまでを鉄道車両の写真で
カウントダウンしよう、と始めた企画です。
平成終了まであと175日。
ということで本日の車両は…
EF58 175
上野駅地平ホームです。
本日もご乗車ありがとうございました。