でぶるまんの成人式
全国122万人あまりの新成人の皆様、
おめでとーございますm(_ _)m
いやーめでたひめでたひ( ̄▽ ̄)
まぁ、この良き日に、ボクみたいな輩が
エラそげに何か言えるわけもないんで、
うし、僕の成人式の思い出を書こ~♪
【お詫び】
本日のブログはちょっと長くて
バカ少な目どえすm(_ _)m
48歳の僕が"成人の日"を迎えたのは
今から28年前ってことになります。
そのちょ~っと前の話・・・
11歳の頃から、「映画を作る」仕事を
将来の絶対目標に掲げてた僕は、
自由度の高い普通科高校を卒業後、
周囲の反対を思いっきり無視して
映画の専門学校に進学しましたの。
んで、これもず~~っと念願やった、
東京での生活を始めましてんv(^_^)v
ところが…すぐに父親が急病で急死。
ボクは、な~んの選択肢もないまま、
自主退学…どころか、東京を離れて、
地元・香川に戻ることになりましたの。
さすがにこれは、いま思い出しても、
18歳の少年には『人生の終了』的に
重くてツラい事実やったです。
地元のテレビ制作会社に就職して、
テレビの業界には関われたものの、
ずっと「自分が働く場所=東京」と
自分の中で決定事項やった僕は、
『ここにいて何が出来ますねん』
とゆ~、投げやり的な日々やった。
なんちゅ~おこがましいお話…
ところが、翌年の正月のこと。
ついに僕も成人する年になりまして、
『今年、僕も成人式迎えますねん』
と上司に言ったら、返ってきたのが
『ごめん、その日、取材や~』
なんと、民放の広報番組の取材で
県内の某漁港にある公民館での
小さな成人式をロケするスタッフに
組み込まれてましてん。
も~( ̄o ̄;) …ま、いっか~
紅白幕で囲まれた会場の公民館は、
赤や金銀のモールでハデハデ~に
飾られた手書き看板が掲げられて、
なんとも手作り感がヒシヒシ( ̄v ̄)
そこで成人式を迎える主役たちは
6人やった。たしか男女3人ずつ。
それぞれ、全然着慣れないスーツや
なかなかの振袖姿でにこにこ整列。
町長さんや漁協等のエラいさんから
まるで身内のよ~な温かい祝辞が
贈られるスタンダードスタイル。
どーやら男子は全員が漁業関係に、
女子も地元の企業に就職するのを
望んでいる…ってことが分かった。
「なんで香川に居たがるんやろ」
漠然と、自分と同年齢の新成人に
疑問を投げかけてたボクでしてん。
式の最後、新成人代表の二枚目が
挨拶に。
彼は、物ゴコロつく前に、父親を
漁の間のケガが原因で亡くしてて、
ずっと母親に育てられたそーで、
その感謝の言葉を静かに語った。
その上で、
思い通りにならないことも
ぜ~んぶ含めて自分の人生。
だから誰にも手出しさせない。
だから誰にも恨み言わない。
そういう生き方をさせてくれた
周りの人たちに感謝します。
…と頭を下げたのね。そして最後に、
そんな境遇で育った自分の人生を
『ありがたい』
…と締めた。
いやいや、これが心に触れた。
確かにボクは、自分のいる境遇を
「願ってない不当なポジション」
…と決め付けて、その原因まで、
「死んだ父親がぜんぶ悪い」
…と転嫁させちゃうことで、
自分にはなんの責任も無くて、
ひとりだけ損をさせられてて、
だから頑張る義務がない!!
…と自己逃避してるだけやがな。
そ~気がついたワケです。
そーゆーふうに吹っ切れちゃうと、
今度は「仕事をすること」が面白くて
仕方なくなったのよね。
単純単純v( ̄o ̄)vいやん
考えてみれば、ボクの父親は、
家族のために仕事がしたくても
出来なくなっちゃったんやもん。
恥ずかしい( ̄v ̄;)いい思い出
あれからも~28年が経ちます
ボクも見事におっちゃんに進化
どんな半生やったんでしょ
今年2012年。
ボクは父親が亡くなった年齢を越え、
長男は当時のボクの年齢になる。
「いやいやお父さん、
私大の受験料よろしくねっ(^_^)」
そう言う息子に、ボクはこう返す。
「息子よ、それはお前の人生。
お父さんに義務は無い( ̄^ ̄;)」
おめでとーございますm(_ _)m
いやーめでたひめでたひ( ̄▽ ̄)

まぁ、この良き日に、ボクみたいな輩が
エラそげに何か言えるわけもないんで、
うし、僕の成人式の思い出を書こ~♪
【お詫び】
本日のブログはちょっと長くて
バカ少な目どえすm(_ _)m
48歳の僕が"成人の日"を迎えたのは
今から28年前ってことになります。
そのちょ~っと前の話・・・
11歳の頃から、「映画を作る」仕事を
将来の絶対目標に掲げてた僕は、
自由度の高い普通科高校を卒業後、
周囲の反対を思いっきり無視して
映画の専門学校に進学しましたの。
んで、これもず~~っと念願やった、
東京での生活を始めましてんv(^_^)v
ところが…すぐに父親が急病で急死。
ボクは、な~んの選択肢もないまま、
自主退学…どころか、東京を離れて、
地元・香川に戻ることになりましたの。
さすがにこれは、いま思い出しても、
18歳の少年には『人生の終了』的に
重くてツラい事実やったです。
地元のテレビ制作会社に就職して、
テレビの業界には関われたものの、
ずっと「自分が働く場所=東京」と
自分の中で決定事項やった僕は、
『ここにいて何が出来ますねん』
とゆ~、投げやり的な日々やった。
なんちゅ~おこがましいお話…
ところが、翌年の正月のこと。
ついに僕も成人する年になりまして、
『今年、僕も成人式迎えますねん』
と上司に言ったら、返ってきたのが
『ごめん、その日、取材や~』
なんと、民放の広報番組の取材で
県内の某漁港にある公民館での
小さな成人式をロケするスタッフに
組み込まれてましてん。
も~( ̄o ̄;) …ま、いっか~
紅白幕で囲まれた会場の公民館は、
赤や金銀のモールでハデハデ~に
飾られた手書き看板が掲げられて、
なんとも手作り感がヒシヒシ( ̄v ̄)
そこで成人式を迎える主役たちは
6人やった。たしか男女3人ずつ。
それぞれ、全然着慣れないスーツや
なかなかの振袖姿でにこにこ整列。
町長さんや漁協等のエラいさんから
まるで身内のよ~な温かい祝辞が
贈られるスタンダードスタイル。
どーやら男子は全員が漁業関係に、
女子も地元の企業に就職するのを
望んでいる…ってことが分かった。
「なんで香川に居たがるんやろ」
漠然と、自分と同年齢の新成人に
疑問を投げかけてたボクでしてん。
式の最後、新成人代表の二枚目が
挨拶に。
彼は、物ゴコロつく前に、父親を
漁の間のケガが原因で亡くしてて、
ずっと母親に育てられたそーで、
その感謝の言葉を静かに語った。
その上で、
思い通りにならないことも
ぜ~んぶ含めて自分の人生。
だから誰にも手出しさせない。
だから誰にも恨み言わない。
そういう生き方をさせてくれた
周りの人たちに感謝します。
…と頭を下げたのね。そして最後に、
そんな境遇で育った自分の人生を
『ありがたい』
…と締めた。
いやいや、これが心に触れた。
確かにボクは、自分のいる境遇を
「願ってない不当なポジション」
…と決め付けて、その原因まで、
「死んだ父親がぜんぶ悪い」
…と転嫁させちゃうことで、
自分にはなんの責任も無くて、
ひとりだけ損をさせられてて、
だから頑張る義務がない!!
…と自己逃避してるだけやがな。
そ~気がついたワケです。
そーゆーふうに吹っ切れちゃうと、
今度は「仕事をすること」が面白くて
仕方なくなったのよね。
単純単純v( ̄o ̄)vいやん

考えてみれば、ボクの父親は、
家族のために仕事がしたくても
出来なくなっちゃったんやもん。
恥ずかしい( ̄v ̄;)いい思い出
あれからも~28年が経ちます

ボクも見事におっちゃんに進化

どんな半生やったんでしょ

今年2012年。
ボクは父親が亡くなった年齢を越え、
長男は当時のボクの年齢になる。
「いやいやお父さん、
私大の受験料よろしくねっ(^_^)」
そう言う息子に、ボクはこう返す。
「息子よ、それはお前の人生。
お父さんに義務は無い( ̄^ ̄;)」