でぶるまんしゅーじですねん(間もなく閉鎖) -50ページ目

父親の背中と僕の背中

今日のブログは、ふと思い出した

僕と父親とのエピソードの記憶を、

あまり考えないままに書くんで、

いつものブログとは違いますの。

ご了承くださいませm(_ _)m




僕の父は、小さな鉄工所をやってて、


でも、あまり職人らしくないタイプの


しかしなかなかの二枚目でしてん。




僕とそっくり~( ̄▽ ̄)いやん♡




『お前はいつも、なによりも、

 "面白いこと"を大事にしてるから

 たぶんそれはず~っと変わらんし、

 家を出て好きに生きるんやろなぁ』




小さい頃からそ~言われてた僕は、



「ま、自己責任で好きなことをやれ」



…って方針で育てられましたんで、


ほんと、自由な子どもやったです。




家はあまり裕福じゃなかったのに、


親は僕を東京に進学させてくれて、


かな~り無理してたんやろなあ…


と思いまふ<( ̄- ̄;)




さて。



東京に出て2か月ぐらいした頃。


突然、父親が東京にやってきた。



「友だちに会うついで、に」


…などと

ミエミエの言いわけもそこそこに、


一緒にファミレスで昼ご飯なぞ。



「どんなん?」


「うん。まあまあ」


「あそ」



ま、年頃の息子と父の会話って


そんなもんですわねえ。


そーしたら、父親がいきなり



「一緒に、はとバスに乗らん?」



って言ってきましてん。



「せっかくやから、東京見物に」


「え…」



正直言いますと当時の僕って、


ただただ『東京人』になりたい!

とゆ~ヘンな意識に凝り固まった


田舎コンプレックス状態でしてん。


だから、『はとバスに乗る』なんて


"決してしてはいけない"


ことやったのね。



「…僕は、いい」


「あそ」



父はそれ以上なにも言わずに、


僕に合わせてオーダーした、

ぜんぜん食べ慣れてない感じの


ビーフストロガノフを黙々と食べた。




一緒に電車で東京駅まで送った時、


別れ際、父親がもう一回だけ、



「ほんまに乗らん?…はとバス」



と訊いた。


「…うん」



そしたら父は、にま~と笑って



「まあ、楽しめ。東京を、な」



とだけ言って、


乗客の渦の中に混じっていった。


子どもの頃からずっと、


大きいなぁと思い込んでた背中は、


人ごみの中ではすごく小さかった。





その時の父の背中が、


僕が見た、最後の、


"生きてる父の背中"になった。





次に父親の背中を見たのは、


その年の夏の、病院のベッドで。



猛暑の中での重労働で無理をして


バテバテの父は日本脳炎に負けた。


帰省した翌日の僕の目の前で倒れ、

意識が戻らないまま3日で死んだ。



綺麗なパジャマに着替えさせる時、


父の身体を動かすのを手伝った。


その時に見えた父の裸の背中は、


もう血の気が全然なかったけど、


痛々しいほど日焼けしてた。




あの時、東京駅で見えてた背中も、


やっぱり日焼けしてたんやろな~


…と思う。





今春、僕の長男も大学に進学~♪


大学は東京じゃないんやけど、


家を出て頑張ることになりますのね。




「ふふふのふ。GW明けあたりに


 いきなり行ってやろ~か( ̄▽ ̄)」




僕はひそかに画策しておるのです。




「で、『一緒に観光バスに乗ろう!』


 …と無理やり連れ出してやんねん」





そのために、




まずは、




日焼けサロンで背中を焼こうd( ̄- ̄)



『面白いことを何より大事にする』



息子の将来を見通した父の予言は

見事に的中しましてん。