でぶるまんしゅーじですねん(間もなく閉鎖) -265ページ目

新人ディレクター時代と今

あるデザイナーさんからメールが来まして


「若い頃の仕事話が面白かった」


とブログの感想書いてくれてましてん。


「なるほどほうほう」


褒められるとのっちゃう男は、


また若い頃の仕事の話を書くのだ( ̄O ̄)



僕がこの業界に入ったのは昭和58年の冬。


大韓航空機爆破事件の年…じゃ分からんか。


元日にARPANETがIP化されて、


ついにInternetになり始めた年!


…といえば実に分かりやすいなー(^O^)/



ついてきてね。m(_ _)m



当時は、よーやく地方の製作現場でも、


現場取材が電子化(ENG)化されまして、


VTRで撮影~編集~オンエアとゆーのが


フツーになりかけた頃ですねん。



僕が最初にディレクターを担当したのは


岡山市の広報番組で、当時19歳やった。



ワケ分からんまま台本書いて、、


ベテランスタッフと一緒にロケして、


テロップやBGMの入らない状態で編集。


本編14分ジャスト。



製作会社でできるのはここまで。



完成までのころの作業はどーするか?


わっせわっせ岡山まで出向いて行くのです。


瀬戸大橋なんてないからフェリーで岡山へ。



当時の放送は、2インチテープとゆー、


名の通り幅が2インチ(約5㎝)の


「軽のタイヤくらいあるんちゃう?」とゆー


めちゃめちゃデカいのを使ってて、


録画再生機本体も


ちょっとしたシステムキッチンぐらいあった。



こんな高価な機械、


ローカルの制作会社には持てへんから、


テレビ局まで出向いて、機材を借りて、


仕上げ(完パケ作業)をやる必要があったの。



放送局に到着。



副調整室(サブ)では、まず、


紙焼き出力したテロップを送出機にセット。


今みたいにPCでテロップを入れる…なんて


想像すらできんかったぞ(-。-;)



アナウンサーにナレ―ションを読んで貰い


6㎜テープに頭出し用の銀紙を貼る。


BGM用レコードは頭出しをして一時停止。



ちょっと休憩。…させてくれへん。



2インチレコーダーはマスター室にあり


サブにいる僕らは触ることができんから、


「30秒後にスタートを」と内線でお願い。



これでダビングの準備が完了。



本番。 ごくり( ̄。 ̄i)



時計の秒針が真上に来た瞬間…


仮編集したテープの再生をスタート!


(これはディレクターの仕事)



ついにダビング作業が始まる。


スタッフは総勢4人。



ここから14分間は止まれないドクロ



ナレーションを入れるところがきたら、


6mmテープを再生してしゃべりを重ねる。


レコードの曲を次々と入れていく。


もちろん画面にテロップを挿入していく。


これらの作業を、まるで生放送みたいに


リアルタイムで作業していくんです(-"-;



テロップのタイミングを間違えたり、


レコードの音が大きかったりしたら…


「誰や!あほ!」


…の罵声でストップ。



いちからやり直し(T_T)



またまたテロップをセットし直して、


レコードの頭出しして、


スタッフにごめんなさいして…



僕みたいな新人がミスしよ~もんなら


「てめー、デブ!」


…から始まって延々愚痴られましてん。


ほんと、めちゃめちゃ怒鳴られた。


場所が放送局の中やのに、


とーてー放送できへん罵詈雑言の嵐。



「ようし、僕がベテランになったら


 若いスタッフに怒鳴ってやんねん!」



そー固く心に誓った僕なのでした。




しかし、まあなんですね…(///∇//)



1年後には手軽な1吋テープ機器が導入、


完成まで製作会社で作れるよ~になった。



デジタル化され編集が一人作業になった。


今、編集作業は孤独なお仕事なう。



ふと気が付けば怒鳴る相手もおらへん。


ふっ( ̄_ ̄)



しかたない。懐かしんで自分で怒鳴るか。



「てめー、デブ!」


…ふんふん( ̄v ̄)



今でも充分にハラがたつぞこのやろう。