新人ディレクター時代と今
あるデザイナーさんからメールが来まして
「若い頃の仕事話が面白かった」
とブログの感想書いてくれてましてん。
「なるほどほうほう」
褒められるとのっちゃう男は、
また若い頃の仕事の話を書くのだ( ̄O ̄)
僕がこの業界に入ったのは昭和58年の冬。
大韓航空機爆破事件の年…じゃ分からんか。
元日にARPANETがIP化されて、
ついにInternetになり始めた年!
…といえば実に分かりやすいなー(^O^)/
ついてきてね。m(_ _)m
当時は、よーやく地方の製作現場でも、
現場取材が電子化(ENG)化されまして、
VTRで撮影~編集~オンエアとゆーのが
フツーになりかけた頃ですねん。
僕が最初にディレクターを担当したのは
岡山市の広報番組で、当時19歳やった。
ワケ分からんまま台本書いて、、
ベテランスタッフと一緒にロケして、
テロップやBGMの入らない状態で編集。
本編14分ジャスト。
製作会社でできるのはここまで。
完成までのころの作業はどーするか?
わっせわっせ岡山まで出向いて行くのです。
瀬戸大橋なんてないからフェリーで岡山へ。
当時の放送は、2インチテープとゆー、
名の通り幅が2インチ(約5㎝)の
「軽のタイヤくらいあるんちゃう?」とゆー
めちゃめちゃデカいのを使ってて、
録画再生機本体も
ちょっとしたシステムキッチンぐらいあった。
こんな高価な機械、
ローカルの制作会社には持てへんから、
テレビ局まで出向いて、機材を借りて、
仕上げ(完パケ作業)をやる必要があったの。
放送局に到着。
副調整室(サブ)では、まず、
紙焼き出力したテロップを送出機にセット。
今みたいにPCでテロップを入れる…なんて
想像すらできんかったぞ(-。-;)
アナウンサーにナレ―ションを読んで貰い
6㎜テープに頭出し用の銀紙を貼る。
BGM用レコードは頭出しをして一時停止。
ちょっと休憩。…させてくれへん。
2インチレコーダーはマスター室にあり
サブにいる僕らは触ることができんから、
「30秒後にスタートを」と内線でお願い。
これでダビングの準備が完了。
本番。 ごくり( ̄。 ̄i)
時計の秒針が真上に来た瞬間…
仮編集したテープの再生をスタート!
(これはディレクターの仕事)
ついにダビング作業が始まる。
スタッフは総勢4人。
ここから14分間は止まれない![]()
ナレーションを入れるところがきたら、
6mmテープを再生してしゃべりを重ねる。
レコードの曲を次々と入れていく。
もちろん画面にテロップを挿入していく。
これらの作業を、まるで生放送みたいに
リアルタイムで作業していくんです(-"-;
テロップのタイミングを間違えたり、
レコードの音が大きかったりしたら…
「誰や!あほ!」
…の罵声でストップ。
いちからやり直し(T_T)
またまたテロップをセットし直して、
レコードの頭出しして、
スタッフにごめんなさいして…
僕みたいな新人がミスしよ~もんなら
「てめー、デブ!」
…から始まって延々愚痴られましてん。
ほんと、めちゃめちゃ怒鳴られた。
場所が放送局の中やのに、
とーてー放送できへん罵詈雑言の嵐。
「ようし、僕がベテランになったら
若いスタッフに怒鳴ってやんねん!」
そー固く心に誓った僕なのでした。
しかし、まあなんですね…(///∇//)
1年後には手軽な1吋テープ機器が導入、
完成まで製作会社で作れるよ~になった。
デジタル化され編集が一人作業になった。
今、編集作業は孤独なお仕事なう。
ふと気が付けば怒鳴る相手もおらへん。
ふっ( ̄_ ̄)
しかたない。懐かしんで自分で怒鳴るか。
「てめー、デブ!」
…ふんふん( ̄v ̄)
今でも充分にハラがたつぞこのやろう。