音楽を愛する人間とって四六時中つきまとうもの
「音欲」
僕はこの因子を持っている人間を「音欲族」であると古めかしく恥ずかしい名称で勝手に決め込んでいる。あくまで僕の偏見だが、この「音欲」があると人生あまりうまく回ってくれない可能性が出てくる。彼女といても音楽がかかっていれば彼女はほったらかしにするし、お取り込み中であっても音楽に気がそれてしまう。おまけに何か楽器をやろうものならば一日中引きこもりになる。そんでもって自己満足の範囲で自分はスターだと思い込んでしまう。結婚でもしたら大変、せっかくのウィークエンドにも趣味の音楽制作で手一杯になる。この前会話した既婚者の女性の夫もやはり音欲族で「趣味のベクトルが全く違う、せっかくの週末に自分の世界に入り込んでシコシコやってても困る」と言っていた。
音楽には中毒性があって、音楽を聴く→実際作りたくなる→趣向にあった音楽収集をする→音楽制作→挫折する→音楽を聴く→でもやっぱり俺は、俺の存在は音楽に求められているはずだ!と思い込み音楽制作する。これの繰り返し。
あーっと言う間に10年、15年と過ぎてゆく。良い意味でのスクウェアな生活なんてありもしない可能性も出てくる。
僕も音欲族の一人だし、僕の周りの人たちにもこういう人は多い。あっ そうだ こんな事つらつらと書いてしまったのもこの本のせい↓
「音欲」に取り付かれた人間の大いなる集大成である。テーマは「快楽」。
どうぞお試しあれ。
「音欲」
僕はこの因子を持っている人間を「音欲族」であると古めかしく恥ずかしい名称で勝手に決め込んでいる。あくまで僕の偏見だが、この「音欲」があると人生あまりうまく回ってくれない可能性が出てくる。彼女といても音楽がかかっていれば彼女はほったらかしにするし、お取り込み中であっても音楽に気がそれてしまう。おまけに何か楽器をやろうものならば一日中引きこもりになる。そんでもって自己満足の範囲で自分はスターだと思い込んでしまう。結婚でもしたら大変、せっかくのウィークエンドにも趣味の音楽制作で手一杯になる。この前会話した既婚者の女性の夫もやはり音欲族で「趣味のベクトルが全く違う、せっかくの週末に自分の世界に入り込んでシコシコやってても困る」と言っていた。
音楽には中毒性があって、音楽を聴く→実際作りたくなる→趣向にあった音楽収集をする→音楽制作→挫折する→音楽を聴く→でもやっぱり俺は、俺の存在は音楽に求められているはずだ!と思い込み音楽制作する。これの繰り返し。
あーっと言う間に10年、15年と過ぎてゆく。良い意味でのスクウェアな生活なんてありもしない可能性も出てくる。
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