*随想(75) 「歯は、茶碗とおなじですよ」――目からウロコ | のむらりんどうのブログ       ~君知るや ふたつの意識~

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2002年9月22日の早朝。目覚めて布団の上に起きあがった瞬間、私は「光の玉(球)」に包まれたのです。以来、「自我」(肉体と時間に限定されたこの世に存在する私)と、「真我」(肉体を超えて永遠に宇宙に実在する私)の、ふたつの意識を持って生きています。

 

 

          なるほど、そうだったのか

 

 この歳になるまで、そんなことも知らなかった自分が情けない

 

 昨春のことです。東京に住むようになって初めて、近くの歯科医院に行きました。奥歯が1本ぐらついて、物が噛めない…。どこの歯医者さんにするか悩んだ末、ネットで探すと評判の良いところが見つかりました。幸い私とあまり歳の違わないI先生がおられたのです。

 

 それから1年。改めて診てもらおうと予約をしたのですが、「コロナ」の影響で延び延びになり、やっと先日、診察の順番がまわってきました。そして……予想はしていましたが、院内に入ると以前と様子が違います。受付は透明のアクリル板に包囲され、診察室におられたI先生は頭の上から足元まで完璧な“防護スタイル”。いやぁ、びっくりしました。

 

そうでしょう。歯を削るとなると、飛沫どころか水しぶきが飛んでくるのですから。で、口を開けての治療中と、水で口内をゆすぐ以外は私もマスクをしたまま。「東京アラート」発令中の現在、まだまだ油断できないということですか。

 

 

 

 

                  +

 

   ところで話は変わりますが、私が歯磨きを始めたのは

                      何歳の頃だったか――

 

小学校に入り、しばらくして「歯磨き勉強会」なるものを受けたのをはっきり覚えています。講師は出張してきた近所の歯科医の先生でした。

 

 「それでは、歯ブラシを口に入れて。まずヨコに、次はタテに力を入れてゴシゴシ磨きなさい! 表側も、裏側も…」――。“三つ子の魂百まで”のことわざ通り、以来今日まで、言われた通り忠実にやってきたのです。

 

 ところが、その教えは間違ってはいなかったのですが、「大事」なことが抜けていたことをI先生と出会って初めて知りました。つまり、学校でも家庭でも、歯磨きをするのは「朝起きた時」と「夜寝る前」と言われていたのですが、そのことに何の疑問も持たなかったのです。

 

                  +

 

      そのような歴史を経た私の口の中を見たI先生が

          最初に発した言葉はこうでした。

 

 I先生「歯磨きはいつしますか?」

   私「朝晩の2回、毎日きちんとしています」

 I先生「それ以外は?」

   私「えっ、それ以外? <朝起きた時>と<夜寝る前>の2回だけです。

     子どもの頃から家でも学校でもそう言われ、ちゃんと守ってやって

     きました」

 I先生「それが間違いなのです!」

     私「えっ、どうしてですか?」

 I先生「食事をしたあと、使った茶碗は毎回洗いますね。洗わずに米粒やおか

     ずがついたままの茶碗を次の食事に使いますか? 使いませんよね」

   私「はい、無論そうです。洗った茶碗を使います」

 I先生「そうなら、食事の際に使用した歯も茶碗と同じで、そのままにしてお

     けば米粒やおかずが歯について残ったままです。そんな不衛生な状態

     にしておいてはいけません。ですから、食事を終えたら必ず、そのつど

     歯を磨かないとダメなのです」

   私「う~ん、そう言われればそうですね。いやぁ、今の今まで気がつきま

     せんでした…」

 I先生「これまでに、このことを聞いたことはなかったですか?」

   「はい、初めて聞きました。お恥ずかしい。気づかなかったです」

 

 

 

 

 +

 

 かかりつけの歯医者さんは過去に3人(会社の転勤で短期間、別にもう1人)おられた。どの先生も「しっかり歯磨きをしなさい。歯と歯茎の間に歯ブラシの先を入れて、ゆっくり磨きなさい」と。律儀にそれをずっと実行してきたのですが、いつしか虫歯になったり、歯がぐらついて、半数近くがなくなってしまいました。それを簡易入れ歯で補助はしていますが…。

  

 先生の“講義”はまことに理にかなったもので、まさに「目からウロコ」。つまり、歯磨きは<磨き方>も大切だが、<磨くタイミング>がいちばん大事なのだということを教わったのです。

 

 いやいや、この歳まで気づかなかった自身の不明を恥じるばかりです。振り返って、これまでお世話いただいた歯科医の先生、同僚や友人、知人らで、誰ひとりこのことを言った人はいませんでした。「こんなことは言うまでもなく、当たり前のこと」だったのかも。しかし、私にとっては過去によく似たことがありました。「若い頃泳げなかったのは何のことはない、<息継ぎ>を知らなかった」ということを中年になって初めて知ったのです(ブログ「自分史・私のこと(1)」参照)。これと全く同じケースです。改めて「学習の大切さ」を感じます。

 

 東京に引っ越して、I先生と出会ったおかげです。先生は写真集や医学書を持ち出して、必要と思えば診察時間いっぱい、得心のいくまで私に説明されるのです。こんなに情熱をもって話される先生と出会ったのは初めてです。小学生の頃に出会っていれば(むろんI先生はまだ「医師」になっておられませんが。笑)、私の歯はもう少し残っていたかもしれません。

 

 いやぁ、医師といわれる先生にはすごい人がおられるものです。

 

 

                              (記 2020.6.7 令和2