ダイヤモンド・プリンセス号内のことを教えてくれた彼
パンデミック、クラスター、ロックダウン、オーバーシュート、
PCR検査……
「新型コロナウイルス」の発生以来、これまで聞いたことのない
言葉がわれわれの日常を覆い尽くしています。これを日本語で
書くと次のようになるのですが、状況を明確に示す表意文字の
すばらしさを改めて教えられました。
世界的大流行、感染者集団、都市封鎖、爆発的な感染者急増、
ウイルスの遺伝子検出検査……
さて、この「新型コロナウイルス感染症」(正式名称COVID-19)が中国・武漢で発生し世界を席捲したことで、人びとは「感染症」について大いなる関心と問題意識を持つに至りました。そして、<地球はひとつ、みんな同じ運命共同体>であることも。
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ところで、私の娘も医師として働いていますが、同じ医療界に「すごい人」がいる、ということを数年前に話してくれました。
その時初めて聞いた名前が「岩田健太郎」でした。「ほほう、そんなに頼りになる人がいるのか」と思いながら、時が流れ、これまた意外なシンクロニシティか、今回の「コロナ騒動」で改めて彼の名前と顔をメディアで知ることになったのです。
「彼」といえば失礼でしょう。岩田医師はメディアで報道されている通り、クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号内に入り、「ウイルスが蔓延する現場」で見たこと、感じたことを内外に発信したのです。依頼されて船内に入ったのではなく、中に入ることをみずから「志願」したと云います。その責任感に私は心をうたれました。日本にはこんなに情熱を持った医師がいるんだ。
船内は「レッドゾーン(感染)」と「グリーンゾーン(非感染)」の仕分けが徹底されていなかった、防護服を着た人と背広姿の厚生省の人が同じ場所ですれ違いながら歩いている光景を見た等々、内部のようすを教えてくれました。
それまで対応していた関係者にとっては“気に食わない”面もあったかもしれませんが、結果として「ウイルスの真実」を人びとに伝えてくれたことは間違いありません。
その根拠となる行動は、岩田医師がSARS(サーズ)の流行時には中国へ行き、エボラ出血熱ではアフリカに飛んでいます。それらの経験からの行動であり、自信と知見にもとづいた「発言」だったと思います。他の病気と違って、「感染症」は即、死に直結します。患者も医療団もそれぞれが自身を守りつつ、的確な処置をしないとダメなのです。
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そうした折、
『新型コロナウイルスの真実 岩田健太郎』(ベスト新書)
が緊急出版されました。
「現場主義」を貫く岩田医師
表紙にはこう書かれています。
「ダイヤモンド・プリンセスになぜ私は乗船し、追い出されたのか?」
(88ページ)
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私がダイヤモンド・プリンセスに入った理由
ダイヤモンド・プリンセスの中で患者さんがどんどん増えていく間、
それに関する情報は外に出てこなかったし、解析もありませんでした。
それがすごく不安だったので、ぼくは何度もFacebookに
「ダイヤモンド・プリンセスの中に入れるものなら入りたい。ぼくが
必要だったら、中に入れてください」という投稿をしていました。
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こういう投稿があったことさえ素人の私などはまったく知りません。しかし、岩田医師は自分の意志で船内に入り、現場を見た上で注意を喚起したのです。
感動しました。なぜ? それは、ダイヤモンド・プリンセス号内の出来事を他人事ではなく自分のこととして行動していたからです。「いま自分は何を為すべきか」ということを、いつも考えているのでしょう。医師としての自覚です。危機が迫る目の前の人びとを救うために、いち早く行動に移したのです。
多くの医師は日々、ルーティンの仕事を抱えています。ですから、あれは「横浜の港で起きていること。自分が手をあげてまで行くことはない」という発想になってもおかしくはありません(怠慢ではない)。が、岩田医師は違った。今は危急時だ。これまでの経験と知見を投入して、そこにいる何千人の命を救いたい、という心意気なのです。
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本を読んでびっくりしました。「感染症療治」にこれほどの思いを持っている医師がいたのです。それは“世界の現場をかけめぐって得た”信念にもとづくものだったのでしょう。日本の名誉であり、誇りでもあります。
岩田医師は幕末の吉田松陰のようです。ペリーの黒船に乗って海を渡り、「アメリカ」を知ろうとしたが、出発直前に発見され船から下ろされてしまう松陰。事は成就しなかったが、そこまでやろうとした“志士”が日本にいたのです。それと同様、岩田医師にはそんな気概を感じます。勇気ある人ですね。
また、著書の中で、岩田医師は医療以外のことも書いています。「休むことができるシステムを整備しないといけない」「患者に良い医療を与えようとすれば、医者も健康でなければならない」。そして「知性に対する信頼というのは、いわゆるエリート主義とは違います…」「考え続けることです」――。彼は医師であると同時に学者でもある、というのが本を読んだ私の感想です。
人が地球上にいるかぎり、感染症とのたたかいは続くでしょう。ウイルスに向かってまさに名前の通り、「健(太郎の)闘(い)」を見続けたい。応援したいと思います。
(記 2020.4.20 令和2)