むなしい“事件”だ
被害者はむろん加害者にとっても
“事件”が起きたのは昨年6月のこと。東名高速道路のパーキングエリアで、駐車方法を注意されてカッとなった男がいた。男は注意をした人のワゴン車を追いかけ、クルマの前に何度も割り込む「あおり運転」をつづけた。そしてあげくの果て、追い越し車線上でワゴン車を止め、家族に暴行。その直後、ワゴン車は後続のトラックに追突されて、クルマの外に出ていた夫婦が死亡、娘二人は恐怖の中を生き残ったのです。
加害者は福岡県中間市に住む石橋和歩被告(26)。横浜地裁は14日、懲役18年の判決を下しました。被害者は静岡市の萩山嘉久さん(当時45)と友香さん(当時39)夫婦。
これが「自動車を運転する」という行為の本質でしょう。あまりにもむなしい。
4日前(2018年12月15日)の朝日新聞朝刊1面「天声人語」子は、この<車社会のゆがみ>を次のように書きました。
(引用します)
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〈何百人の、何千人の、何万人の、何億人の人々が殺されたなら「交通戦争」のただ中にいることに気がついて〉〈でもこの国の法律は、生命は米粒ほどの軽さ〉。18年前、大学生の長男を交通事故で失った神奈川県の造形作家、鈴木共子(きょうこ)さん(69)の詩である▼息子を奪われた悲しみ、納得しがたい刑の軽さ。鈴木さんは他の事故遺族と立ち上がる。37万人の署名を集め、導入されたのが危険運転致死傷罪である▼東名高速で起きたあおり運転に同罪が適用された。言い渡されたのは懲役18年の刑。家族旅行の帰りに突如、両親の命を奪われた娘2人の無念を思えば、重刑とは言えまい▼犠牲となった男性の母は本紙に近況を語る。泣いてばかりもいられず、趣味のカラオケの会に。歌ったのは坂本九さんの曲。〈上を向いて歩こう 涙がこぼれないように〉。マイクを握りながら涙があふれる。上を向いて歌うしかなかったという▼捜査の決め手は周辺を走る車のドライブレコーダーだった。普及前、開発に打ち込んだのは、やはり事故で息子を失ったエンジニア(76)である。「遺族には事故状況が開示されません。息子の最期がわからず、苦しみました」▼いま交通事故で命を落とす人は、日本で年間3700人、世界に130万人。一人ひとりに家族がいて、親友がいて、恋人がいる。遺族は喪失感の沼に沈み込む。車社会のゆがみに声を上げ、制度の足らざるところを改めてきたのは、その沼の深さを知る事故遺族の方々である。
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<▼いま交通事故で命を落とす人は、日本で年間3700人、世界に130万人。…>とあります。
130万人というと、なんと「トリニダード・トバゴ」や「エストニア」の人口と同じです。世界では毎年、交通事故でそれらの国民と同数の人が順に“消滅”しているのです。
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執拗に「あおり行為」を続ける男の意識は、いったいどうなっているのでしょうか。
限りなく「動物に近い状態」だとしか言いようがありません。他人を思いやる心は失せ、エゴのかたまりとなって凶器を走らせているのです。
それにしても、これまで何度も書いてきましたが、自動車は交通手段であるにもかかわらず、その躯体構造は武士の鎧兜(よろいかぶと)と同様なのです。「自動車に乗り込む=鎧兜を装着する」という意識が現出するに違いない。特に男性には。
「俺は強いのだ」という意識が、クルマに乗った瞬間に芽生えるのでしょう。他を寄せつけない意識がメラメラと湧き上がってくる。したがって、他人のクルマが近づくと、それを攻撃せずにはいられなくなるのでしょう。
しかし一方で、被告が人間性をなくしていたのはクルマを運転していた時だけで、日常はそうでもなかったかも…。というのは、判決を報じるテレビの中で、女性アナウンサーが「石橋被告の彼女がこう言っていた」と伝えていました。
「彼をみんな悪い人というけど、わたしにはすごく優しいんよ」
やはり、「クルマを運転する人間の意識は豹変する」ということを示しています。クルマは“武器”なのです。
(記 2018.12.19 平成30)