
歌誌「ハハキギ」作品 ―21― (平成4年前期 1992)
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[1月号]
鄙といふ言葉は死語になりゆくかいづこも車に囲まれてをり
秋のみち方丈奥より聞こへ来は松が枝落とす鋏の音か
これほども店のありしか三千院への道の辺むかし思へば
一通り説明終へしガイド嬢縁台から足抛り出しぬ
ひとときの憩ひに浸る市民にまで拝観料取る寺院とは何
先の夜に祇園にて見し酔態の僧侶のさまを思ひ浮かべる
他を後に回して今宵の読書は金賢姫嬢の告白書をひらく
[2月号]
養殖の筏ゆれつつ浮かびをり英虞湾ふかく晩秋の海
陽を受けて紅く色づく島山は志摩の海なかにゆつたりと見ゆ
その下に何を蔵すか棒切れの海面高く張り出してをり
ピッポッパと音高鳴ればパソコンは北海道とも結ばれてゐる
次々とパソコン画面に流れ来る津々浦々の人々の文字
五六秒待てばたちまちパソコンの画面に最新情報映る
[3月号]
パソコンの知識の習得促す声高くしだいに増えて編集局報
パソコンのマニュアルをまた風呂のあと読まねばならずこれも時代か
是か非か共にうなづくは年賀状のこと歳晩の新聞投稿欄
夕食も麺類といふ日そろそろと掃除終へるか歳晩の庭
片付くる本をパラパラめくるうちはや陽は落ちて大晦日の闇
社寺といふものに篤信を失せしこの一年なりき除夜の鐘遠く
[4月号]
完結せる夢のひとつを見し後に目覚めて見る窓外の白雪
中学を受験する次女のたかぶりを妻の言へども我は気づかず
大学の志願者数と宝くじ当選番号並ぶけさの新聞
雑踏の朝の地下鉄階段に携帯懐炉ひとつ落ちをり
手に長く握られてゐし釣銭か両の面よりぬくもり伝ふ
ぽかぽかと小春日和のなかにある冬の但馬のなかほどを行く
旅半ば疲れし腹にやはらかく出石の町の皿蕎麦の味
雪あるを常と思ひゐしが雪のなき城崎の町は想像の外