歌誌「ハハキギ」作品 ―16― (平成2年前期 1990)
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[1月号]
[2月号]
三日月の傍に明るき星ひとつ夕べのビルの高処に気づく
輝きを増しつつふいに消え入りぬ月に隠れし大き星一つ
隣り合ふ教室にゐる乙の子と末の子のようすを半々に見る
名指しされ答へる吾子のその声を伏し目がちに聞く父親われは
風当たり強く受くるも仕方なし組織なかほどデスクにあれば
人物はやはりゐるもの数多く局の内外付き合ふほどに
[3月号]
造成の進む道筋ひなびたる鞍馬の里もいつまでもつや
家を出で小一時間を乗り継げば鞍馬の駅はしぐれてをりぬ
山峡に古きおもかげ残したる鞍馬街道けふは雪なし
門前の土産物屋の漆桶に木の芽煮などのさまざま並ぶ
山上へのケーブル乗り場に人あふれ一期一会の新年を祝ふ
牛若丸に興味を示す吾子なれど五条の橋の歌など知らず
[4月号]
わが庭のここでよければゆつくりと南天の実をついばめ小鳥よ
無尽蔵にあるわけはなしワープロの打ち損じ用紙捨つるをやめぬ
NEWSとふ語源のごとく世界から記事のあふれて我がデスクの上
流れ来るFAXワープロ書き原稿さばきてはやも締切り時間
午前二時あすの予定原稿をしまひ終へて缶ビールの栓を抜く
深夜四時帰宅する名神高速道路わが視界に他の車はなし
[5月号]
正午を過ぎしばかりといふに選挙記載台の鉛筆はやちびてをり
制度はよしされど人となりを知らず最高裁判事の審査は
妻のみを家に帰して我はまた新聞づくりに会社へ向かふ
隔世の感は選挙の紙面なりコンピユーターが多くを作る
せめてもの慰めなるか整然と選挙済みたる日本国は
[6月号]
挨拶の済めばたちまちあちこちの座の崩れ来て宴会始まる
おじゆつさんはたまた和上と呼ばれゐて満更でもなし今宵のわれは
朝かげの射しくる天見の山陰の旅館をあとに高野山へ向かふ
なぜかうも車の多き山ならむ高野山にて信号見上ぐ
僧形に似たるかまたも我を見て頭下げゐる老い二三人
仏性を久方ぶりに考へる己ををかしみ寺内を行く
