歌誌「ハハキギ」作品 ―01― (昭和57年 1982)
――――――――――――――――――――――――――――――――
[7月号]
街川の流るる側に酒蔵の白壁つづく伏見の街は
ふりしぼりふりしぼりつつ歌ひあぐるオペラの声に心顫ふも
[8月号]
誰が活けしか女人のをらぬわが職場机の上に鈴蘭の花
今も思ふ井戸に吊るしてしんしんと冷えし西瓜の歯にぞ痛きを
夕されば丘の上なる堂塔にひぐらし一つ啼きゐてやまず
[9月号]
梅雨に入りし大堰川の方眺むれば山川分かず靄のかかれる
行く道の寺の塀より伸び出でて夾竹桃の白き花びら
啄木もかくありしかと原稿の校正の日々おのれ励ます
わが生れし日より三年にて母逝きしと三歳になりたる吾子を見てをり
[10月号]
暗闇の宙に舞ひつつ音もなく熱きもの散らす線香花火は
島々を行きかふ船を浮かべつつ波のみ動く来島海峡
瀬戸内の入江の奥の船の上ロープの側の黒きサングラス
[11月号]
葬列を送りしその夜北山の五山送り火雨に濡れたり
月の出は見られずまして日の出をや夜々ビル内に働くわれは
肉体と心分かたぬこの人間分けたる生物ならばと思ふ
性善を信じ生きゆくうつしよのあまりに多し悪のかずかず
[12月号]
噴水を川面に映す道頓堀老いも若きも今宵行き交ふ
深草の山にし蝉の声熄みて風吹きわたる秋のしづけさ
原稿にわれの主観は入らずとも読者になりて校正つづく
