結婚するまで、苦労という苦労はほとんどなかった私が、結婚して不自由な生活になった。
夫は下半身不随で車イスを使っている。
私が届かない高い所にあるものは、夫はもっと届かない。
天井にある電球の交換は私がする。
買い物に行って、買った荷物は私が抱えなければならない。
食事に行く場所、旅館の宿泊で、まずは車イス対応できるところが優先になった。行きたい所ではなく、車イスが入れる場所になってしまった。
それだけではない、
外にでかければ、通りすがりの人に、車イスにのっている夫を、頭から足までじーっと見られる。その視線が気になった。
小さいことかもしれないけど、そういうことが重なると、私は辛くって、辛くって、苦しかった。
でもどうしようもない。彼の動く足は戻ってこない。
彼には私が辛いことを伝えることはできなかった。
私、辛いの、苦しいのって言えなかった。
なぜなら、私は彼を幸せにしたいと思っていたから、そんなこと彼に言ってはいけないと思っていた。
一人でずーっと抱えていて苦しかった。
信頼している友人には、自分の辛さを話した。涙を流すこともできた。 誰かに話せるってとっても楽になった。
それでも生活スタイルは変わらないまま。だからやっぱり不満は溜まってしまった。
でも、救いの手が、大きな器が私を支えてくれた。
私にこんな風に教えてくれた。
その人は、神様の声が聞こえる人だった。
「障害を持っている人は、生まれて来る時に、その不自由さを覚悟してこの世に生れてきた勇気のある人なんだよ。そういう人は、ステージの高い人なの。
その人自身はすでに素晴らしい人だけど、そういう人に関われるっていうこともとても素晴らしいことなのよ。私達はそういう人ともっと接するべきなの。」
それを聞いた時、
私は、やっと自分を認めてもらえた。
そして障害をもった夫を、高く評価してもらえた気がした。
障害をもって生きている夫が、素晴らしいと思えた。彼と出会ったころの忘れていた彼への想いがまた蘇ってきたようだった。
結婚7年目にして、やっと気付かされた。
どうしてこの人と、結婚したのだろうと不思議であったけど、私には何かを学ばせてもらえる大きなパートナーであったことを教えてもらえた。
不自由であることに不満ばかりで辛かったことが、私にとって大きな学びであったことに気づかされた。
身体があることのありがたさに気付かされた。
障害を持っていることが、どんなに辛いことなのかもわかった。
障害が悪いこととか、よいこととかではない。
どんな人間にもこの世界では生きる権利があって、みんなで支え合っていくことが大事なんだってこと。
今日もお読みいただきありがとうございました。

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