台風27号が沖縄を強風圏に巻き込み、離島行きの船舶は泊港でしっかり
ロープで固定されている。
あと2、3日は辛抱するしかないだろう。
今年は台風の当り年のようだが、それにしても9月、10月と上手く台風を
交わして沖縄、慶良間、八重山に渡航出来たのは幸いである。
さて、「社交街」という聞きなれない言葉だが、本土では「歓楽街、飲み屋街、
ちょんの間」という感じだろうか。
那覇には終戦後、米軍接収から開放された地域に、必然的に出来たような
社交街という名の盛り場が点在する。
先週、その一部を歩いてみた。
まずは、竜宮通り社交街。
喧騒と雑踏の国際通りを牧志駅から三越方面に向かう途中、気をつけないと
通り過ぎそうな路地を一歩入る。
そこに「竜宮通り社交街」のアーチが目に入る。
立ち並ぶバー、スナック、サロンといった飲み屋の建物は悉く老朽化が激しい。
同じ建物に2軒のスナック、そして崩落しそうな2階に上がる階段。
”ちょんの間”か住宅か
夜は、もっと怪しい雰囲気だ。
抜けるとグランドオリオン通り。
スナック「ニュー京都」という店のバラックの壁には、何故かマリリンモンローの
ペイント。
屋号共々意味不明である。
そして、夜の様子。
グランドオリオン通りを渡ると、桜坂社交街に繋がるわけだが、こっちは”社交街”
としての劣化が酷く、営業店も少なく、すでに終わっていた。
その跡地には、東京資本(都内高級マンション等を企画、販売している不動産屋)
が「桜坂ホテル」という18階建ての都市型リゾートホテルを建設している。
こうして、古き良き(?)歴史は消し去られていくのだろうか。
ところで、飲み屋でもバー、スナック、サロンと分けられている。
どう違うのか、居酒屋のニイニイに聞いてみた。
バー:カウンター中心で女の子の接客なし。
スナック:テーブル席でも女の子の接客あり。
サロン:スナックの高級版。
よく分からん区分けだが、飲み代の多寡になるのだろうか。
さて、次は安里駅近くの栄町界隈。
牧志公設市場と同じく、栄町市場もまた戦後の混乱期に闇市から発展し
昭和30年代に今の形に整備されたらしい。
初めて知ったが、ひめゆり学徒隊で知られる沖縄師範学校女子部、沖縄県立
第一高等女学校の跡地に生まれた闇市が栄町市場のルーツだという。
観光地化されたひめゆりの塔ばかりが有名だが、肝心の学校があったのが
この土地であったとは、なるほど、近くにひめゆり橋があったり、ひめゆり通りが
走っているわけである。
そんな庶民生活の象徴である市場(ここも寂れている)と隣接して、栄町社交街が
異様な雰囲気を醸し出している。
駅前の山羊料理屋、スーパーを過ぎると、通りの北側一帯の路地に”怪しい店”が
集中している。
「美人館」という、何やら期待を持たせる屋号の店。
ドアが開いていて、怪しい光が漏れている。
隣は旅館だが、一般観光客が宿泊するわけでもないだろうし、どういう流れで
使われるかは想像に難しくない。
男の欲望を刺激する怪しい光を漏らす玄関前で、疲れた表情ながら、ケバイ
化粧をしたオネエ様が座っている店も多く、通りすがりに声を掛けるネエネエ
(おばあ?)もいたりする。
壊滅した真栄原社交街から”避難”してきたネエネエも多いという話も聞いたが、
真実は知る由もない。
そんな中、一軒のスナックに入店。
屋号が自分の名前に似ていた、という単純な理由だったのだが、この店のママは
1年前に那覇に来た仙台の出身のオバサン。
DEEPな沖縄の話を期待していたので、何だか拍子抜け。
早々に退散したのである。
さて、沖縄では真栄原社交街やコザ吉原の壊滅など、近年になって裏風俗関係の
締め出しが強まっているという。
那覇でも神里原、桜坂界隈は寂れ、遊び場は松山、辻に移っている。
栄町も、いつまで残っていられるだろうか。





