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未知なる心へ

統一教会入信から脱会までの日々と、脱会後の魂の彷徨。

前回の記事で大言壮語したけど、実際のわたしは、落ちこぼれだった。

 

 

「落伍者」。まあ、現実に教会を脱会したのだから、現役の信者から見れば、落ちこぼれ以外の何物でもないのだが。

 

 

わたしが所属していたのは「原理研究会=原研」という学生団体で、厳密にいうと統一教会とは別組織であった。なので、教会(原研では「チャーチ」と呼んでいた)の詳しい内情は分からないのだが、原研というところは、徹底した実力主義であった。

 

 

一般社会だと、例えば社長の息子が、たいした実力もないのに専務になる、というようなことが頻繁に起こるが、原研では、そのようなことはなかった。

 

 

原研における実力とは、端的にいえば「F(物売り)でどれだけ実績を出せるか」ということである。いくら人柄が良く、信仰的であっても、Fで実績を出せないと偽物扱いされた。

 

 

つまり、「本当の信仰があるならば、実績が出るはず」という価値観である。なので、原研の内部で出世というか、のし上がろうと思えば、なんとしてでもFで実績を出さねばならなかった。

 

 

原研の活動は、大きく分けると「伝道」と「F」の二つしかない。伝道は人を連れてきて信者にすることだから、「布教」という観点から見ればFより重要なはずだが、統一教会では、そうではなかった。

 

 

人を集めるのも、その人に献金させるのが本当の目的。なので、一万円しか献金できない十人よりも、百万円献金できる一人の方が重要だったのだ。

 

 

そういう価値観が根底にある教団だから、Fで実績を出せる(つまり、金を稼げる)兄弟姉妹は「信仰者」と目されたのである。どんなに人柄が良くても、Fで実績を出せないと半人前と見なされ、教団内の地位を上げることは難しかった。

 

 

だから、わたしも努力した。現世での劣等感が強かったわたしは、原研という組織でのし上がることで、劣等感を克服しようとしたのである。

 

 

大学では就職活動をせずに、かなり早い段階から原研に献身(専従者となること)することを決めていた。だが、わたしは原研内での出世コースから外れて、信仰のモチベーションは大きく下がってしまったのである。

 

 

わたしが出世コースを外れた一つの理由は、Fをリタイアしたことだと思う。

 

 

Fというものは、ワンボックスカー(キャラバン、マイクロ)を根城にして各地を渡り歩き、家庭訪問をしてフキンなどの物を売りさばくのが仕事なのだが、あまりの過酷さに脱落してしまう者もいる。途中で訪問恐怖症になり、呼び鈴を押せなくなってしまうのだ。

 

 

そのまま公園などで時間を潰す者もいれば、隊長に「もう、歩めません」と泣きついて、違うみ旨(仕事)につく者もいる。

 

 

わたしは、大学卒業後のFで歩めなくなり、リタイアしてしまった。しかし、献身者のくせにFを脱落することは恥である。結局わたしは「使えない」人間だと烙印を押されたのだろう。体よく「経済部」という、日陰の部署に異動させられてしまった。

 

 

結果的には、それで脱会が早まったから良かったのだが、正直、悔しさもある。何にせよ、脱落したということに変わりはない……。

 

 

一般社会に戻ってからも、転職を繰り返す苦渋の人生。とても「わが人生に一片の悔いなし」とは言えないが、残りの人生でその境地に達することができれば幸いと思う。