いま、統一教会批判の急先鋒となっている、高知の橋田達夫さん。彼の訴えは切実で、無念の思いが画面を通して、ひしひしと伝わってきます。
わたしには、橋田さんの悔しさが良く分かります。しかし、それと同時に、教会側が彼のことをどうとらえているのかも、おおよそ分かるつもりです。
わたしは元信者なので、教会側に立ったことがあるからです。わたしが教会にいたのは25年以上前ですが、教会の本質は大きく変わっていないと思います。その観点から見れば、橋田さんは間違いなく「サタン」扱いのはずです。
なので、統一教会が橋田さんに対して、心から「申し訳ない」と思うはずがありません。統一教会からすれば、橋田さんは「神の摂理を妨害するサタンの手先」ということになるでしょう。
統一教会の、信者間の結束は強いです。仲間である信者、つまり食口(シック)を取り戻そうとする家族は、サタン側の人間です。なので教会は、信者を家族に引き渡すようなことはしません。
わたしが現役信者の時にも、取り返そうとする家族から守るために、居場所を転々としたり、偽名を使っている信者がいました。そしてわたしたちは、なんとしてでもその信者を、サタンである家族から守ろうと思ったものです。
それは、統一教会の教義そのものが、根底に社会と相容れないものを含んでいるからです。わたしの考えでは、統一教会と一般社会との共存は不可能です。教義に「サタン」という概念がある限り、一般社会とは融和できません。
一般社会と融和したら、統一教会の存在意義が消滅するからです。サタン側の人間を神側に復帰するのが、統一教会の役割なので、統一教会の存在意義のためには、サタン世界の人々が必要なのです。病人がいないと、病院が存続できないのと同じ理屈です。
国の調査で、教義の内容にまで踏み込むかどうかはわかりませんが、元信者の声をきちんと精査すれば、統一教会の教義が、いかに世間と相容れないものかが、わかると思います。
果たして、解散命令が出るのかどうかはわかりませんが、仮に出たとしても、任意団体として統一教会は存続するでしょう。
韓国の本部と決別し、教義を書き換えるくらいの大変革をしない限り、統一教会に未来はないと、わたしは思っています。
