釜山に着いたら、統一教会草創の地である、ボンネッコル聖地を見学した。それから一週間、合宿を行ってから、ソウルへ移動した。
祝福会場の警備と聞いていたが、言い渡された業務は「許可を取っていないカメラマンがいたら、撮影を中止させる」ことだった。警備の腕章を渡されて、担当する区域を巡回していたが、韓国語で声をかけられると、まったく理解できない。そのたびに「わたしは話せません」というゼスチャーをして切り抜けた。
そんな体たらくだったので、実際には何の役にも立っていなかったが、気持ちだけは「おれがアボジ(お父様)をお守りするんだ」という使命感で燃えていた。
会場では桜田淳子も見かけたし、知人とも何度か遭遇した。新人研の時に班長だった石井氏と会った時には終始笑顔で、すごく幸せそうだった。「やっぱり、祝福は良いもんだな」と、あらためて思った。
いよいよセレモニーが始まり、文鮮明夫妻が登壇した。わたしはそう遠くない位置から、その姿を眺めた。再臨のメシア、真の御父母様との初対面。しかし、思ったほどの感動はなく、もちろん霊的な啓示もなかった。涙すら出なかった。
本当だったら「お父様を見た瞬間、涙が止まらなくなった」という方が、証しになるので、がっかりした。自分の信仰の、底の浅さが露呈した気分だった。
しかし、幸せそうな多くのカップルを目にして、「次こそは祝福を受けたい」という思いは、さらに高まった。
それから日本に戻ると、再びキャラバンに合流した。遠くから見ただけだが、いちおう「メシアに会った」後なので、何とか実績を出して、証しを立てたいと思った。しかし、目立った実績は出せないままで、夏のFを終えた。
世間では、桜田淳子や山崎浩子の影響で、さかんにテレビ報道がなされていたが、原研の学生はテレビを見ないので、それを肌で実感することはなかった。相変わらず、伝道に明け暮れる日々が過ぎていくだけだった。
(つづく)
涙岩にて。
