何度も同じようなことを書いているけれど、結局、人生って暇つぶしの連続なのかな、と思う。
生まれて、物心がつくと、身の回りのいろんなものをいじって遊び始める。決して、じーっとはしていない。なにか面白いものはないかと、常に何かを探している。
わたしの一番古い記憶にあるおもちゃは、ミニカー。白いスポーツカーのミニカーだ。それから、ウルトラの父のソフト人形。気に入っていたのだが、汲み取り便所に落としてしまった。
あと、庭で遊んだ。庭をぶらぶらして、様々な花を眺めた。特に印象に残っているのは、福寿草。福寿草は冬の終わりに、一番に花を咲かせる、春の訪れを告げる花だった。
やがて三輪車に乗り始め、しばらくすると補助輪付きの自転車へと変わった。結局、自転車は何台乗り継いだだろうか。補助輪付きが二台と、そのあとは大学生までに4台だ。新しい自転車が家に届くときは、本当にワクワクしたものだった。
あと、昭和の時代の娯楽といえば、やはりテレビ。テレビなしの生活など考えられなかったほど、テレビには不思議な魅力が詰まっていた。小学生の頃は、もっぱらアニメや特撮ヒーローものばかり見ていた。プロ野球や大相撲にはまったく関心がなかった。
特に好きだったのがウルトラマン。仮面ライダーも好きだったが、ウルトラマンの方により大きな魅力を感じた。それから、けっこう見たのが刑事ドラマ。夕方に再放送していた「太陽にほえろ」をよく見た。刑事ドラマを見ると、なんとなく自分が大人になったような気分になった。
中学生になると、思春期を迎えて異性に関心が向くようになる。テレビも歌番組とか、金八先生などのドラマを見ることも増えた。わたしが初めて好きになったアイドルは、伊藤つかさ。女性タレントのポスターを部屋に張ったのは初めてだった。
伊藤つかさは、わたしより三歳年上。でも、子供にとってテレビタレントが年上なのは当たり前だから、三歳の年の差というのは、けっこう身近に思えたものだ。とにかく、一時期は身もだえするほど、伊藤つかさが好きだった。
思春期の、それも13歳の頃。その頃って、大人と子供の中間地帯で、精神構造も非常に複雑だったような気がする。しかし「思春期」とはよく名付けたものだね。まさに、春を思う季節。何をするにしたって、常に異性のことばかりが気になっちゃって。
だから、自分の容姿とか、外見的なことも異常に気にして、劣等感に襲われるのもこの頃だ。小学生の頃にだって劣等感はあった。でも、中学生期以降のそれは、より深刻で現実的なものとなってくる。
劣等感というものが、自分の人生を支配してしまう。自分の行動に対して、制限をかけてくるのだ。
そして、人によっては、そのまま一生を終えてしまうだろう。
というか、いまのわたしも、依然として劣等感から抜け出せていないのだ。劣等感から自由になれてない。
やりたいことができない。行動に制限がかけられている。心が怖れにとらわれているというべきか。
この「怖れ」から自由になれた時こそ、本当の自分の人生を取り戻せた、といえるのだと思う。
