眼科 | 未知なる心へ

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統一教会入信から脱会までの日々と、脱会後の魂の彷徨。

いつかも記事に書いたことがあるかもしれないが、わたしは眼科に通っている。その眼科は、前の職場の近くだから、以前は仕事帰りに寄れた。だが、転職したいまとなっては、自宅から行くと車で1時間くらいかかる。

 

 

それも面倒なので、家の近所の眼科に転院しようとしたら、紹介状が必要だといわれた。なので今日、紹介状を貰いに行ってきたのである。それで診察もしてもらったが、あらためて、厳しい現実を突き付けられた。

 

 

明らかに水晶体が白濁しているのである。いわゆる白内障だ。おまけに右目の網膜には若干の傷がある。

 

 

わたしは元々、眼科に行くつもりはなかった。近視ではあるものの、自分の眼は健康だと思っていた。たまたま、眼鏡の処方箋をもらいに行って、これらの症状が明らかになったのだ。



実際、自覚症状はほとんどない。もし、処方箋をつくりに行かなければ、老人になるまで眼科になど行かなかっただろう。そういった意味では、早期発見できたのは良かったのかもしれない。

 

 

とはいっても、いったん進行した白内障はもう治らないらしい。点眼薬を処方されてはいるが、あくまで進行を遅らせるためのものでしかないのだ。

 

 

わたしは火葬場で通算9年ほど働いていたが、その「火」を見つめ続けたことが、どうも良くなかったらしい。つまりは職業病ともいえるのだが、当然、労災の対象になるわけでもない。

 

 

いつも眼科の先生から言われるのが、日光から目を守ることである。つばの長い帽子やサングラスの着用を推奨された。あとはスマホのブルーライト。これが目には良くないらしい。

 

 

現代人の多くはスマホ依存症といえると思う。スマホはなんといっても、目からの距離が近い。テレビなら数メートル離れているが、スマホは数十センチに満たない。それだけ光線の影響をもろに受けてしまうそうだ。

 

 

わたしは100歳まで生きたいと思っているから、身体のパーツは大切にしないといけない。なんせ、交換はできないのだから。いや、未来には交換できる時代も来るかもしれないけれど。



この眼も、あと50年使うと考えれば、労りながら大切にしなければならないのだ。