畑(4) | 未知なる心へ

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統一教会入信から脱会までの日々と、脱会後の魂の彷徨。

私は地元に戻ってからも、ほとんど、畑を手伝うことはなかった。父も定年直後で元気だったし、よほど手が足りない時は手伝ったが、せいぜい年に一、二回程度だった。

 

しかし近年、父も80歳を超えると、体力の衰えが急速に目立ってきた。それは本当に、坂道を転げ落ちるような感じだった。普通に歩くことさえおぼつかなくなり、転倒すると、自力では立ちあがれないこともあった。

 

それでも父は畑にこだわった。野菜なんかスーパーに行けばいくらでも売っているから、何も苦労して作る必要などない。それに野菜作りは、苗を買ったり肥料を買ったり、けっこうお金もかかるのだ。

 

それなのに自作の野菜にこだわるのは、やっぱり、畑仕事が好きなのだろうとしか思えなかった。現に、定年になってから畑を借りて、野菜作りに精を出す人は多い。土に触れあうということは、それなりの魅力があるのだろうと、私は考えていた。

 

かといって、自分が畑をやる気はさらさらなかった。だから正直、遺産として畑を残されても困ると思っていた。できれば、両親が存命のうちに売るなり譲るなりして、畑の土地を処分してくれることを願っていた。

 

そんなある日、母から電話がかかってきた。休みの日に予定がなければ、畑を手伝ってほしいと言ってきたのである。もちろんそれは母というより、父の意向であることは明らかだった。

 

「おれは畑はやりたくない。予定がなければ体を休めるよ」 私はそっけなく言い放ち、決して畑には行かなかった。

 

それから半月ほど過ぎた頃、実家に立ち寄ると父の機嫌が悪かった。案の定、畑のことだった。

 

「おれが死んだら、この家も畑もお前のものになるんだから、お前が畑仕事を覚えないとだめなんだぞ」

 

父がついに言ってきた。私としても、望むところだった。どうせこの問題、いつかは決着をつけなければならないのだ。

 

「おれは畑はやらないから、あの土地は売却してくれ」

「あんな土地誰が買うんだ? 車も入れないような所なのに、売れるわけないだろ」

「私道でもつくったら? それともコンクリートで固めて、駐車場にでもするか」

「バカなこと言ってるんじゃない! お前が畑をやらないとだめなんだよ

「おれはやらないよ。そもそも、親父は畑が好きだからやってるんだろ? おれは好きじゃないからやらないよ」

「ばか、おれだって好きじゃないよ。でも、やらなきゃしょうがないからやってるんだ!」

 

この答えは意外だった。

「好きじゃないの? 好きじゃないのに、昔から休日返上で畑やっていたの?」

「やりたくないけど、祖母さんがやってるのに、手伝わないわけにはいかないだろ!」

 

私は驚いてしまった。これって親孝行なのか? でも、祖母はもう十年以上前に亡くなっているから、嫌ならやめればいい話だ。なぜ父がここまで畑に執着するのか、その意図が理解できなかった。

 

「どこでも耕作放棄地が問題になってるだろ? 今の若い人は畑なんてやりたがらないんだよ」

「でも、お前がやらないとダメなんだよ!」

 

父はどこまでも頑固だった。あくまで畑をやれと言って引き下がらない。私はだんだん笑えてきた。前から頑固だとは思っていたが、ここまで筋金入りだとは思わなかった。

 

「だったら、おれは畑なんていらないから、伸広(弟)にあげてくれ」

「バカ、伸広がもらうわけないだろ! とにかく、お前が畑をやらないとダメなんだよ

 

もう私は怒る気もなくなって、声をあげて笑った。いったい、この偏屈さはどこからくるんだろうか。

 

「じゃあ、おれが定年になったらやってもいいから、それまで親父が頑張ってやってくれよ」

「何言ってんだ! そんなに長生きできるわけないだろ。おれはせいぜいあと二、三年だ。自分の体のことは自分でわかるんだよ」

「とにかく、おれはやらないから」

 

すると父もイラついてきたようで、怒気を込めて言ってきた。

「お前は今までさんざん苦労をかけてきたんだから、畑の手伝いくらいやったらどうだ!」

 

 

(つづく)