私は地元に戻ってからも、ほとんど、畑を手伝うことはなかった。父も定年直後で元気だったし、よほど手が足りない時は手伝ったが、せいぜい年に一、二回程度だった。
しかし近年、父も80歳を超えると、体力の衰えが急速に目立ってきた。それは本当に、坂道を転げ落ちるような感じだった。普通に歩くことさえおぼつかなくなり、転倒すると、自力では立ちあがれないこともあった。
それでも父は畑にこだわった。野菜なんかスーパーに行けばいくらでも売っているから、何も苦労して作る必要などない。それに野菜作りは、苗を買ったり肥料を買ったり、けっこうお金もかかるのだ。
それなのに自作の野菜にこだわるのは、やっぱり、畑仕事が好きなのだろうとしか思えなかった。現に、定年になってから畑を借りて、野菜作りに精を出す人は多い。土に触れあうということは、それなりの魅力があるのだろうと、私は考えていた。
かといって、自分が畑をやる気はさらさらなかった。だから正直、遺産として畑を残されても困ると思っていた。できれば、両親が存命のうちに売るなり譲るなりして、畑の土地を処分してくれることを願っていた。
そんなある日、母から電話がかかってきた。休みの日に予定がなければ、畑を手伝ってほしいと言ってきたのである。もちろんそれは母というより、父の意向であることは明らかだった。
「おれは畑はやりたくない。予定がなければ体を休めるよ」 私はそっけなく言い放ち、決して畑には行かなかった。
それから半月ほど過ぎた頃、実家に立ち寄ると父の機嫌が悪かった。案の定、畑のことだった。
「おれが死んだら、この家も畑もお前のものになるんだから、お前が畑仕事を覚えないとだめなんだぞ」
父がついに言ってきた。私としても、望むところだった。どうせこの問題、いつかは決着をつけなければならないのだ。
「おれは畑はやらないから、あの土地は売却してくれ」
「あんな土地誰が買うんだ? 車も入れないような所なのに、売れるわけないだろ」
「私道でもつくったら? それともコンクリートで固めて、駐車場にでもするか」
「バカなこと言ってるんじゃない! お前が畑をやらないとだめなんだよ」
「おれはやらないよ。そもそも、親父は畑が好きだからやってるんだろ? おれは好きじゃないからやらないよ」
「ばか、おれだって好きじゃないよ。でも、やらなきゃしょうがないからやってるんだ!」
この答えは意外だった。
「好きじゃないの? 好きじゃないのに、昔から休日返上で畑やっていたの?」
「やりたくないけど、祖母さんがやってるのに、手伝わないわけにはいかないだろ!」
私は驚いてしまった。これって親孝行なのか? でも、祖母はもう十年以上前に亡くなっているから、嫌ならやめればいい話だ。なぜ父がここまで畑に執着するのか、その意図が理解できなかった。
「どこでも耕作放棄地が問題になってるだろ? 今の若い人は畑なんてやりたがらないんだよ」
「でも、お前がやらないとダメなんだよ!」
父はどこまでも頑固だった。あくまで畑をやれと言って引き下がらない。私はだんだん笑えてきた。前から頑固だとは思っていたが、ここまで筋金入りだとは思わなかった。
「だったら、おれは畑なんていらないから、伸広(弟)にあげてくれ」
「バカ、伸広がもらうわけないだろ! とにかく、お前が畑をやらないとダメなんだよ」
もう私は怒る気もなくなって、声をあげて笑った。いったい、この偏屈さはどこからくるんだろうか。
「じゃあ、おれが定年になったらやってもいいから、それまで親父が頑張ってやってくれよ」
「何言ってんだ! そんなに長生きできるわけないだろ。おれはせいぜいあと二、三年だ。自分の体のことは自分でわかるんだよ」
「とにかく、おれはやらないから」
すると父もイラついてきたようで、怒気を込めて言ってきた。
「お前は今までさんざん苦労をかけてきたんだから、畑の手伝いくらいやったらどうだ!」
(つづく)
