メイルさんの話(5) | 未知なる心へ

未知なる心へ

統一教会入信から脱会までの日々と、脱会後の魂の彷徨。

原研の寮(学舎)では、毎朝、礼拝室という一番広い部屋で祈祷会が行われる。

 
礼拝室は、男性の寝室も兼ねていた。カーペットの床の上に、ズラッと布団を敷き詰めて寝るのである。
 
そして起床と同時に布団を片付け、洗面を済ますと、再び礼拝室へ集合する。そして全員で20~40分程の祈りを捧げた後、その日の予定の確認を行うのだ。
 
今日は、いよいよTお姉さんが東京へ旅立つ日である。
 
しかし、朝の祈祷会でも特別なことはなく、いつもと変わらずに進行していった。だが、いつも座っている場所に、Tお姉さんの姿はなかった。
 
僕は胸騒ぎがした。「もしかしたら、Tお姉さんは、皆が祈っている最中に、学舎を発つつもりじゃないのか?」
 
ありえることだ、と思った。何よりも、Tお姉さん自身だって、別れは辛いはずなのだ。
 
でも、まさか。何年も共に過ごした兄弟たちと、別れの言葉も交わさずに去ってしまうはずがない・・・。僕は不安にかられながらも、そう自分に言い聞かせていた。
 
そして、この後に訪れるであろう、別れの瞬間を想像した。笑顔の別れか。涙の別れか。お姉さんは泣くだろうか。それともやっぱり、最後まで笑顔のまま、太陽のような明るい印象を残したままで、この学舎を去っていくのだろうか・・・。
 
そして、残された僕たちはどうだ。笑顔でお姉さんを送り出せるだろうか? 感極まって涙するだろうか? 何よりもおれは、大恩のあるお姉さんに対して、いったいどんな言葉を贈ったらいいのだろうか?
 
祈祷が始まった。僕は祈りながらもずっと、そのことばかりを考えていた。その一方で、僕は辺りに神経を張り巡らせていた。Tお姉さんが、祈祷の最中に発つ可能性を、否定できなかったからである。
 
その時、僕は階下の玄関前に、車の止まる音を聞いた。続いて、バタンとドアの閉まる音がすると、車はすぐに発車して、瞬く間にエンジン音は遠ざかっていった。
 
「やられた!」 僕はゾッとした。全身に鳥肌が立った。
 
祈りながら薄目を開けて様子を伺った。皆、車の音には気付いたはずなのに、何事もなかったように祈りを続けている。
 
祈りの時間というものは、神様と対話する重要な時間であるから、中断することは許されない。僕は、じりじりした思いを抱えながら、ただただ時間が過ぎるのを待っていた。
 
さっきの車の音は、Tお姉さんではない。たまたま隣近所の車が出発しただけだ・・・という、一縷の望みを抱いていたのである。
 
祈祷の時間が終わると同時に、僕は階下に駆け下りた。玄関の横には、車の鍵をかけておく場所がある。そこを確認すると、果たして、車の鍵は消えていた。
 
近くにいた兄弟にたずねた。
「お姉さんは?」
「もう、発ったみたいだよ・・・」
その兄弟は寂しそうに答えた。
 
その瞬間、カーッと熱いものが込み上げてきた。
 
僕は、玄関横にかかっていた鍵をひったくると、ヘルメットを持って外へ出た。そして、停めてあったスクーターにまたがると、名古屋駅へ向かって全速力で走り出した。
 
 
(つづく)