実録小説「カルトから仏教へ」④ | 未知なる心へ

未知なる心へ

統一教会入信から脱会までの日々と、脱会後の魂の彷徨。

もちろん、営業という未知の世界に対する不安は大きかったが、営業という、結果が目に見える形で現れる仕事のほうが、無意味な人間関係の渦に巻き込まれる可能性が低いと考えたのだ。

営業は、仕事の結果が数字として明確にあらわれる。結果が出れば正解だし、出なければ不正解。実に明快である。しかも、営業は基本的には一人で働くので、たとえ仕事自体は楽でなかったとしても、つまらない人間関係の葛藤からは解放される。真人はそう考えたのだ。

そのような理由で、この仕事を始めてから一年後。仕事は思ったよりは順調だった。成績は特別良くもなければ悪くもなく、全社員のなかでは中くらいの成績で、新入社員としては悪くない方といえた。仕事はほとんど直行直帰で、社用車を使い一人で動き回る。よって、人間関係で気を使うこともない。もちろん営業だから、成績へのプレッシャーは常についてまわるが、それ以外の面では、比較的穏やかな日々を過ごしているといえた。

だが、そんな真人の中では再び、忘れかけていた真理探究の思いが、ふつふつと湧きあがりつつあった。
以前にくらべればマシになってきてはいたが、それでも真人は、自分の心の弱さや不安定さを、日々痛感させられていたからだ。

それはたとえば、時々顔をだすサボりや怠けの心であったり、他人の顔色をうかがう弱気な心だったりしたが、そういう思いにとらわれるたびに「やっぱり、おれは何も変わっていない」という自己嫌悪の思いにさいなまれた。

「もうちょっと、しっかりした自分に生まれ変わりたい。自分で自分のことを蔑むのはもうごめんだ!」真人は、こんな惨めな自分で一生を終えたくはなかった。
これでもいちおう、二児の父親である。息子たちには自分のような道を歩んでほしくないと思う。そのためには、自分が道を切り開き、自分自身の苦しみを終わらせなければならない。

だが、いままで散々本を読んだり、宗教団体に顔を出したりしても、ほとんど何も変えられなかった。精神安定剤も、手放せていなかった。いったい、どうすりゃいいのか?

真人は自己変革を望みながらも、どこから手をつけていいのかわからず、途方にくれた。


(つづく)




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