主体性は何よりも大事になるということだ。
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今回起こったことは、
久しぶりに本当の意味での予想外だった。
今後どう転がるかはわからないし、
直接の損失は被ってないにしても、
資産性を超えた人的資産を失うことになるかもしれないし、
波及して様々な人脈に影響を及ぼすかもしれない。
でも俺はもう親友として、
他人のプライベートに踏み込まない範囲で、
(結果的に多少オフサイドしてしまったかもしれないが、
あくまでその意思はなかったというのは、
第三者の友人もいたし、客観的に見ればわかるはず。)
やれることはやったと思うし、
誰よりもちゃんと彼のことは考えた自信はあるし、
これは「なるようになるしかない」出来事なのかもしれない。
「なるようになるしかない」ことに関しては
俺自身慣れているはずだが、
改めて「友人」という存在全般にかけてきたリソースや心理的側面が大きかったのだな、
と自分で自分に気づく良いきっかけになった。
共に現場にいた友人の言っていた「最大でも1泊泊めてあげられるぐらいの関係」なんだから、
そんなに深く考えることはない、
鷹揚に対峙・対応すべきだ、
というスタンスや、
適切な距離感の重要性はまさにその通りで、
別の親友が言うように「結局は自己責任」もまさにその通りなんだが、
学生時代や20代前半までは、そもそも誰しも課題の規模感が小さくて、
単純に利害関係の無い友人として
純粋に楽しく、悲しく、悔しく、
そういうものを通じて人間関係を構築したり、調整したりすることができていた。
彼は「昔のお前に戻ってくれよ!」とドラマみたいなことを叫んでいたが、
彼は彼自身に言いたかったのかもしれない。
あの取り乱した様子、泣いてる彼を見たら、
もしかしたら実はすごい追い込まれてるのかもしれない。
それはわからない。
俺はもう一度、
彼に話しに行きたい衝動とまだ戦っているし、
せめてもう一度、味方だよというメッセージを送りたいが、
もう忘れた方がいいのは、恐らく間違いない。
彼側から謙虚なアクションがあればもちろん対峙したいけど。
あっさり戻ってくれるかもしれないし。
ここに刻みたいのはトラブルが起こった要因ではなく、
どこまで踏み込むべきだったのか?
今後俺はどういうスタンスで、
他人や友人との距離感を持てばいいのか、
どこまで付き合ってあげることが正しいのか、ということで、
もうトラブルが起こった要因の問題が、
俺の考えうる最大のダウンサイドリスク側に触れて、
終了したとしても、
俺にはどうすることもできない。
やるせないが、それが人生、それがあくまで他人、
というものなのかもしれない。
今後は、友人に対する思いや、
自分の人生における「友人」の重要性の比重を
調整しなければならないのかもしれない。
というか、冷静になれば、
「調整すべき」局面、年齢、人生ステージに来ている。
もし今回の出来事を発端に、
「俺への攻撃」側にふれたら、なおさらだ。
途中までは普通に楽しくやっていたのに、
こうもあっさりと「想定外」は、やってくる。
Dした時も、途中までは滞りなく進行していた。
でも結果は、「今の俺」だ。
似たような事象なのかもしれないけど、
ややショックが大きい。
Dの時とは異なる分野にショック・インパクトをもたらした。
粛々と前に進むしかない。
