理論や論理をなぜ学ぶのか?
それは社会的に存在する事実だからにすぎない。
みんなが見落としている事実を、わかりやすく言語化して存在を明示してくれているにすぎない。
理論派なんて存在しなくて、事実を重視して大事にする人なのか、
事実から目を背ける人なのか、
事実に重点を置いていない、あるいは置きたく無い人がいるだけ。
なぜ私が理論が好き、と見られるのか。
それはただ事実や現実が好きで、
幻想や人が作り上げた世界に埋没することが苦手だから。
事実を愛しているから。
歴史が好きなのも、それは事実だから。
事実の恩恵を存分に受けて、事実と手を取り合って生きているから。
理論、論理は、「4階から落ちたら大概の人は死ぬ」のと全く同じだと思う。
これは事実であって、理論が嫌いだから苦手だからって言って、4階から飛び降りる奴もいないし、
子供がベランダをよじ登ろうとしていたら脳がバグって無い親は止めるでしょう。
それがどれだけ深く認識できているか、
たとえば階段を3段飛ばすぐらいなら骨折はしない、
でも2階から落ちたらそれは死なないけど骨折はする、
じゃあ何段目だとけがするしないの境界線なのか?
何階の何段目あたりがけがと死の境界線なのか?を研究することが理論、論理。
我々はいつも理論や論理の中できちんと生きてる。
私もあなたも多かれ少なかれ理論に助けられている。
理論、論理を否定しても意味がない。
なぜなら事実だから。
行動の先に、存在するから。
事実は否定しても事実は現実だから。
だから理論派を否定する必要は全く無い。
もっと事実を知ったり、深く解像度高く認識すれば良い。
認識が深いか浅いかの問題。
現実を大事にする人と、事実を受け入れたくなくて幻想に埋没する人がいるだけにすぎない。
私とあなたを隔てるものは、事実を直視しているか、直視できていないかの違いに過ぎない。
理論派なんて揶揄している場合ではない。
事実がなぜ大事なのか?
いずれにせよ、目を背くことはできないから。
必ず追いかけてくる。
それは誰の意志の力もかからない、バイアスが無いってこと。
だったらいっそ、もっと深く知ろうよ、どうせ来るんだからってこと。