月子です。ご無沙汰してました。


ここ数日夜寝るのが遅すぎて、昼間眠くてたまりません。(-з-)zzz

鬱で夜寝られないということではなくて、単に夜更かししてしまうのですね、ダラダラと。

寝るのが午前4時前とか、いくらなんでも何とかせなあかんのですけどねー。


今日は目覚ましに全然気づかなくて、予定より1時間以上遅く起きて、結局お弁当作りはパス。

で、夫を送り出した後も、「とりあえず、寝るか」(なんで?)とばかりに寝てまして

午後2時半ぐらいに起きだして、

まずネットをダラダラ。

ご飯(朝ごはんも食べずに寝ていた)をダラダラ。

11月分の家計簿の集計をする(今ごろ)。

またネット見てダラダラ。
5時過ぎになってから買い物に行くため、外出。

外気に触れてようやく目が覚めて、頭もすっきり。

で、帰ってきて・・・思わずひとこと。


ああ、なんて散らかった部屋なのかしら叫びビックリマーク


まあ、知ってたけど。


でも外から帰ってくると、散らかり具合が新鮮さを増して目に飛び込んできますねー。もーびっくりさー目


やっぱ、片付けなあかんなー。

気分は下降気味やけど、だからこそ掃除したらスッキリするかも・・・。

それでもしばらくはしつこくウダウダと無目的にネットサーフィンしたりして・・・

あかんのよ、こんなことしてたら、あかんねんけどね・・・とごにょごにょ自分に言いつつ

手をマウスから離せない


そんなわたしの頭にひょいっとよみがえったのは、先日読んだ手帳術(最近この手の本にはまってるんです)の本に書いてあった言葉。


それは居酒屋チェーンの某有名社長さんの言葉で(以下は、完全な引用ではなく、内容を要約して書いています)


「もっとも重要なのは「緊急ではないが大切なこと」。

「緊急で大切なこと」に対処するのは当然のこと。しかしそれに追われるばかりでは現状を維持することしかできない。そこからプラスに持っていくには、「緊急ではないが大切なこと」をいかに積み上げるか。


「緊急ではないが大切なこと」に費やす時間を増やしていけば、「緊急でもなく大切でもないこと」や「緊急だが大切ではないこと」に使う時間が自然に減っていく。」(以上、引用終わり)



・・・・・・

はっ( ̄□ ̄;)!!  

だらだらネットサーフィンなんて、まさに「緊急でもなく大切でもないこと」(つまりいらんこと)やんビックリマーク



じゃあ、わたしにとって「緊急ではないが大切なこと」って何?


まず思いついたのは、勉強することでした。(最近精神的に自立するためにも働きたくて、そのために勉強してるんですね)

だらだらしてる暇があったら、問題集の一ページでもやったほうがマシ。


で、寝室の一角に置いた自分の勉強机の上を見てみる

問題集、ノート、筆記用具に加えて、読みかけの雑誌、そのうち寺めぐりしようと思って買ってきた朱印帳、昨日買ってきた文庫本、今週の献立を考えるのに使う料理の本、服を買うときに参考にしようと透明ファイルに入れたファッション雑誌の切り抜き、たたんだ洗濯物(机の隣がクローゼットなので、そこに入れようと思ってそのままになっていた)などなど・・・(何遍もこんなこと書いてるけど、うちの日常ってこんな感じ)。


あかん、

勉強する環境になってへん


とりあえず勉強に必要じゃないものを撤去。服はクローゼットに、勉強に必要のない雑誌や本は夫の書斎の本棚(半分がわたし用ということになっている)へ。本棚もぐちゃぐちゃなので、年末までにはここをどうにかしようと思っているのですが、・・・そのうちね。料理の本はリビングにある本棚(家事関係の本が入っている)へ。ファッション雑誌の切り抜きは、買う予定が無くなったので潔くゴミ箱へ。朱印帳も書斎の本棚へ。


これで机の上は見た目はすっきり。

・・・右から左へモノ動かしただけですけど。

(入れ違いに本棚はカオス度がupアップ・・・)

でもとりあえず勉強はできるようになりました。だからいいのよ。(`・ω・´)


あ~、でもここで時間切れ。

夕食の準備をせねばなりません。

やることが遅いので、いつも作業が中途半端になって

で次の日にはやる気がなくなってたりとか・・・


「緊急で大切なこと」(このケースに限って言えば、あと1時間で夕飯を準備すること)をこなすことさえ、できない日もある中では

「緊急でなく大切なこと」を積み上げるのって、ますます難しいなあ


・・・・・

ていうか、朝のうちにさっさと家事を済ませないから

緊急じゃなかったことが緊急になってしまうんですよね・・・


いや、発想の転換で

どうせ夫の帰りは遅くて、それまでに家事はできてればいいんだから

朝のうちに家事はうっちゃって、勉強の方を優先してる方がいいのかな???

明日はそれを試してみるか


でも朝のうちに頭をきちんと使えるようにするためには

まずは今夜ちゃんと寝ないとね

(でも昼寝したから寝られない可能性も・・・・はぁ~)


何とかしゃきっとしたいもんです。













月子です。また更新時期が空いてしまいました。


東京も空気は冷たく雪の結晶なってきましたね~


今日は、冬に備えてヒートテックを買いだめしに行ったついでに、

ロフトに寄って、可愛いシールきらきら!!を何枚も買い込んできました。

前にも書きましたが、最近帽子可愛いものワンピース弱いんです。


眺めているだけで、なんとなく幸せ^^ な気分に。

傍から見てるとアホみたいやろな~

でもこんなことで幸せになれる自分の単純さを、ありがたく思ったり。


自分を手軽に幸せにする仕掛けって、できるだけたくさん持ってた方がいいと思うんですよ。

リボン リボン リボン リボン


すごく落ち込みが激しかったころ、自分の好きなもの、癒されるものをノートに書き出してイメージすると良い、と聞いて、やってみたことがありました。


晴れた日の海、山奥の小さな青い川、川原の真っ白な石、にぎわうビーチ、5月ぐらいの山の緑、木の葉のそよぐ音、京都の竹林、苔寺、雨にぬれるアジサイ、白い花、ライラック、ミモザ、ウツギ、犬、秋の青空、小春日和、日当たりのいい縁側、香りのいいコーヒー、花柄のもの、色のついたガラス、たくさん色を使った絵、カスタードプリン、刺繍、宗教画、赤い漆器、オイル仕上げの木の家具、籐の寝椅子、イサム・ノグチの石を使った彫刻、田舎の土の道、・・・


とダラダラ思いつくままに続けて、

最後にふと書いたのが

「イチゴジャムを塗ったトーストと紅茶の朝食」


なんでこんなのを書いたのかなー、と思ったら

高校時代の朝食メニューやった。


当時のわたしにとって、ほんとうに大真面目に


幸福とはイチゴジャムを塗ったトーストと紅茶の形をして毎日朝食のテーブルに現れるものである。(BY 高校生だった月子)


という警句(なんの警句やねん)を生み出しかねないほど

この朝食は、えもいわれぬ幸福感を呼び起こすもので


前の日に多少嫌なことがあっても、寝る前に


「あー、早よ朝になれへんかなー。そしたらまたパンにジャム塗って、紅茶と一緒に食べられるのになー。」( ̄▽+ ̄*)


と考えると、いつしか悩みもふっとんでしまう、という(まあ、それほど大して悩んでいなかったっていうことですね)


まさに 魔法きらきら!! のようなメニューでした。


別にそう特段の工夫のあるものではなくて、

パンはスーパーで売っているような大手製パン会社のものだったし、

バターじゃなくてマーガリンで、ジャムはアヲハタかどっかの、これもそこらへんによくあるような代物で

紅茶も日東のティーバッグという

およそ味も雰囲気も、おしゃれ感とはほど遠いものだったんですけど(テーブルには果物とか、サラダとかも用意されていたのですが、こっちの方は、食べたり食べなかったりだったので、あまり印象に残っていない。お母さんごめん。)


でもこれが、当時のわたしにはとんでもなくおいしかった。

朝のあわただしい雰囲気の中、10分弱の朝食時間で

窓から光がいっぱい入ってきて、家の中に一日の始まり特有の緊張感とキラキラした感じがあって

その空気と朝食の糖分とカフェインと暖かさで目がだんだん覚めてきて、

「さー、今日も一日がんばらな。(`・ω・´)」みたいな気持ちになって。


大恋愛も大喧嘩も、完全燃焼も特にはない、なんということのない高校生活だったのですが

それでも日々小さな不満や悩み、そこそこの浮き沈みはあって

気持ちを奮い立たせないと、そういう小さな波を越えられないという日もありました。

そういう時に、ジャムと紅茶の赤い色と甘さ(紅茶にも砂糖を入れてました)が、

手軽に幸福感をチャージしてくれたものです。


あれから××年たって、

今でもたま~に、ジャムトーストと紅茶の朝食にすることがあります。

パンはパン屋さんのものに、マーガリンからバターに、ジャムや紅茶のメーカーも別のものに変わりましたが

食べると、やっぱりちょっと幸福な気持ちになります。

(ノスタルジーかな?)

残念ながら高校生のときほどの感動はないんですけど(笑。

そういえば、一日の始まりのキラキラ感も、あのときほどじゃないなあ。


若いってそういうことなんだなー、って思う一方で

いや、感性の老化なんて気持ちの持ちよう!!と、自分を鼓舞したい気もするし。

ややこしい年頃になったものです。


明日はキラキラした一日になるかな。



(追記:

ブログ始めて一ヶ月が過ぎました。何の宣伝もせず、ほかのブログを訪ねることもしないのに、そこそこ読んでくださる方々がおられて、びっくりするやら、うれしいやら。どうやってここにたどり着かれたのでしょうね?今更ながらネットの海の不思議さに感じ入っている次第でございます。更新不定期だし、記事がやたらに長いし、文章は読みにくいし、で自分でもいいところがあんまりないな~と思っているようなブログですが、もしご縁が続くようでしたら、これからもよろしく。生暖かく見守ってくださいませ。)









月子です。


今日はまた額装を頼んでいた絵2点を引き取りに行ってきましたよ。


アフリカキリン に旅行したときにみやげ物店で購入したもので、安いものなのですが

現地の空気をよく表していて、夫もわたしも気に入っているのです。


でもサイズが日本で一般に流通している絵とは異なるため

額もオーダーになってしまって、

絵本体の値段からすれば、額縁がやたら高くついてしまった汗


夫は、

「買ったときの値段からしても材質からしても絵のレベルからしても


直に押しピンで貼っ付けとくだけで十分なんじゃないの?」


という意見だったんですけどね・・・(2点のうちのひとつは、まさに画用紙にクレヨンで描いたみたいな感じなんですよ、、、)


まあ実際、


ほとんど5年ぐらい、ほんとに押しピンで壁に貼っ付けられてたんですけど


最近の

家の中を少しはちゃんとしようプロジェクトひらめき電球

の波に乗ってウィンドサーフィン1


立派に洒落た額ぶち額に入っちゃったりなんかして

しかも5年間もすでに埃と陽射しに野ざらし(部屋の中だったけど)状態であったにもかかわらず


今更ながら

UVカットの透明アクリルカバーまで付けられて

我が家に戻ってきました。


が、絵が格段に重くなったので

内装が氷河粘土(珪藻土とか漆喰とかと同じようなもんですが、水にぬれると溶けるし、もっともろい)の塗り壁な我が家のリビングの元の位置では

たぶんその重量を支えきれない(壁の表面から土がこぼれてくる)ので


今度は天井(ここはビニールクロス)から吊り下げられるようにピクチャーレールが必要


という、なんともまあ、物入り&手間のかかることに。


でも、それでもちゃんとした形で思い出を飾りたい、

それが最近のわたしの気分なんです。


ライオンライオンライオンライオン


うちの夫は旅行好きで、結婚前からあちこちをバックパックで旅行したりしていました。

結婚後は、わたしもくっついて、北はアラスカから南はアルゼンチンまで、

結構な数の国を旅しました。

合計2年半ほどですが、アメリカとヨーロッパに住んでいたこともあります。


当然、記念に買ったものなんかもそこそこあるわけですが

今までは、それをどう部屋に飾るか

総合的にも、個別具体的にもプランはなくて

大半は押入れの隅で箱につっこまれて

ほとんど忘れ去られた状態だったんですね。


4月以降、部屋を片付けて生活を整えていく中で

そうした忘れ去られた遺物も続々と発掘ひらめき電球


でも、当時は夫婦関係が危機だったこともあり

夫との旅行の思い出は

楽しいというよりは辛い気持ちを呼び起こすものが多く

そうした記念品も

もう一回箱に突っ込みたいようなものばかりでした。


あんなにたくさん海外に連れて行ってもらって

でも結局それは夫の人生にくっついてただけで

わたし自身が得たものって何もなかったんじゃないのか。

語学に堪能になったわけじゃないし

仕事に必要なキャリアを得たわけでもない

計画は夫まかせ(わたしは緻密な計画を立てられないので、長期の海外旅行となると、ほんと夫におんぶにだっこ状態です)

旅行を通して、実務能力が向上したわけでもない

夫のお金と時間を無駄にしただけだったんじゃないか


正直、ずっと日本にいて

というか、そもそも夫と結婚なんかしないで

自分のキャリアだけを地道に追求していたら

経済的には今より貧しくても、

もっと得るものが大きかったかも・・・・


離婚しようかなーっと考えていたころは

特にそういう風に、今までの自分の人生にダメだししてばっかりでした。


たぶん、今の自分を受け入れられないあまり

過去に取らなかった選択肢の先にあった(はずの)

もうひとつの自分や人生の方が

どうしようもなく輝いて見えたんでしょう。


もちろん、他の選択肢よりも劇的に輝く人生なんて、そうは無いものです。

結局どこにいようが、どんな人生を選択しようが、

よりよい生き方を手に入れるためには、戦い続けることが必要なんだと思うのですね

ひとつの選択を終えれば、後は死ぬまで安泰なんて、たいていあり得ないでしょうし。

戦うか、戦わないかの差なんでしょう。


そんなことをつらつらと考え続けて、数ヶ月・・・


この家に(つまりこの結婚に)とどまり、ここで自分の人生を形作っていく選択をした現在。

旅の思い出品を引っ張り出して、家を飾ろうと思うようになりました。

人生への方針と自分のベースキャンプを定めたら

残念な過去も、今の自分と未来の自分の肥やし、と思えるようになったのかな。


調子に乗って

そのうち旅の記念品とか写真を使って、廊下にギャラリーを作ろうかなーっとも計画中。工事

全部オーダーの額縁に入れると、えらくお金もかかるので

別の方法を考えなければいけませんが・・・

出来上がれば、壮大な無駄時間ストリート顔21アハハ が、家の中に出現するはずです。

誰得?って感じですけど。


飛行機飛行機飛行機飛行機

あー、でも、ブログネタに困ったときに、旅の思い出話すればいいから

全く役に立たないわけでもないのか。


そのうち「旅の思い出カテゴリー」みたいなのが出現するかもしれませんね。