野馬土手に行こう

野馬土手に行こう

千葉県には平安時代から軍馬を育成する牧があり、馬が超せない野馬土手が造られ、今も少し残っています。
江戸時代に小金牧と呼ばれた、野田市、流山市、柏市、松戸市、鎌ケ谷市、船橋市、白井市を巡ります。

野馬土手子が申請してGoogleマップに公開された野馬土手 

文字を入力した後、検索マークをクリックすると、地図上に現れます。


松ヶ丘の野馬土手(日本一)←南柏・松が丘野馬土手緑地 になっています。
長崎1丁目の野馬土手←消えたのでやり直したら、のを入れ損ねて長崎1丁目野馬土手になってます。
正連寺の野馬土手
野馬土手(四季料理麗)←グーグルマップから消えたので、高田 崖の上の野馬土手で申請、公開。
野馬土手(やすだ)
美原の野馬土手→無くなりました(涙)
東深井の野馬土手
駒木台の野馬土手改め、西原・駒木台の野馬土手
野馬土手(満徳寺南)←グーグルマップから消えましたが、高田・松ヶ崎の野馬土手で申請して公開中。
柏の葉野馬堀
柏の葉の野馬土手←2023年4月、野馬土手は無くなりました。( ;∀;)
豊四季の野馬土手
南柏T字野馬土手←地図から消えたので、新富町の野馬土手で申請。公開。
野馬除土手(くぬぎ山車両基地東)→単なる野馬除土手になってました。
豊住の野馬土手
野馬土手(松ヶ崎)→無くなりました。(( ノД`)シクシク…)
うなぎ道(手賀沼発)の木戸跡
野馬土手(稲荷前三差路南)←グーグルマップから消えました。東初富3丁目9-52レオパレスグリーンレーベルの西です。←復活してることもあります。
駒木台の野馬土手→西部建設ユニオン正面から行きます←跡形もないです。( ノД`)シクシク…
えがおの野馬土手→高齢者ふれあいの家えがお、の南です。←グーグルマップから消えました。
篠籠田の野馬土手→柏市緑の保護地区だった所
向小金の野馬土手
野馬土手(メゾン.アサノ)
野馬の水呑場跡←千葉市花見川区長作町
十余一の野馬土手
柏井・藤原野馬土手
大町・中沢野馬土手
ニッカ通りの野馬土手←グーグルマップから消えました。ニッカウヰスキー柏工場の門の向かい辺りです。
野馬土手(白井市福祉センター)
十余一・神々廻の野馬土手
神々廻の野馬土手
野馬土手(サロンさくら農作園)
高柳の野馬土手
藤心の野馬土手
逆井・藤心野馬土手
十太夫野馬土手(おおたかの森東1号公園)←グーグルマップから消えましたが、この公園に行けば土手も看板もあります。
野うさぎの森の野馬土手
紙敷みなみの森の野馬土手
高田原ふるさと会館の野馬土手←高田台牧の野馬土手(ふるさと会館)がマップから消えたので、申請しました。
十余二の野馬土手←高田台牧野馬除土手がマップから消えたので申請しました。
千飼牧の野馬土手←マップから消えました。コートヒルズ豊四季Ⅱの南側です。
紙敷石宮の森の野馬土手
野々下3丁目の野馬土手
市野谷の森の野馬土手
篠籠田市民緑地の野馬土手
駒木ふるさとの野馬土手
神々廻大木戸野馬除土手
高野台・白井市境野馬土手
あけぼの三丁目の野馬土手
八木の野馬土手
天形星神社前の野馬土手
西光院野馬土手
野馬土手(高田小学校)
粟野野馬土手
流山ホークスグラウンドの野馬土手




名前に高田を加えてもらった
高田の野馬土手

()内を加えてもらった
野馬除土手(五香十字路北)
野馬土手(福太郎アリーナ)



GoogleMapsで行ける野馬土手に野馬土手子が写真を追加


十太夫の野馬土手←たまに無くなるので、その度に申請、公開。
野馬土手(庚塚)
上新宿の野馬土手←無くなっていたので、申請、公開。
下総小金中野牧跡(捕込)
小金原の野馬除土手跡(柏市あかね町)
高田台牧の野馬土手(駒木台)
高田台牧野馬土手(高田)
高田台牧の野馬土手(大青田)
江戸川台東一丁目野馬土手
松ヶ丘野馬土手緑地
野馬除土手→五香にあります。
小金下野牧捕込跡
下総小金中野牧跡(野馬土手)
中野牧の野馬土手(初富)
野馬除緑地→高柳にあります。
下野牧二和野馬土手
中野牧野馬除土手→白井市の公園内。
野馬除土手→くぬぎ山車両基地の西。
泉新田大木戸野馬堀遺跡
白幡の野馬堀
高西新田の野馬堀
八幡溜野馬除土手
野馬土手←八千代台南2-33 グーグルマップから消えました。土手らしきものも見当たらないし。
海老が作の野馬土手跡
牧境の野馬土手(中野牧・下の牧)
野馬土手←船橋市楠が山町141
船橋市立高根台第二小学校敷地内野馬土手←「野馬土手跡」になってます。
野馬土手(鎌ケ谷一丁目ふれあいの森)
野馬土手(白井市富士)
野馬土手(鎌ケ谷総合病院)
庄内牧の野馬土手
庄内牧の野馬土手(花井新田)
庄内牧野馬土手(千葉カントリー梅郷コース脇)
中野牧野馬土手(初富)←山口園があります。
野馬土手←牧境の野馬土手(中野牧・下野牧)のちょっと西です。
野馬除土手←松戸市常盤平6丁目にあります。




豊四季第一緑地
おおたかの森東1号公園
おおたかの森東4号緑地
おおたかの森北1号公園
東部近隣公園(やまびこ公園)
江戸川台4号緑地
柏市青少年センター
鎌ヶ谷総合病院駐車場
国立がん研究センター東病院駐車場
千葉カントリークラブ梅郷コース
野田南部スポーツ広場
こんぶくろ池自然博物公園
ひかり隣保館
千葉県立柏特別支援学校
鎌ヶ谷一丁目ふれあいの森
囃子清水七面堂の鳥居の外
鎌ケ谷みどり幼稚園→野馬土手の写真がグーグルマップから削除されてるかも。
道野辺八幡宮
鎌ケ谷5丁目ふれあいの森
麗澤大学
紙敷石みやの森
いちかわ市民キャンプ場
ミナト流通サービス(株)柏営業所の北
千葉県立柏陵高等学校
麗澤大学


にも野馬土手アリ。


野馬土手子が申請して公開された

野々下13号公園
低見台第三公園
高田谷中上公園

にも野馬土手風?土塁アリ。
「野馬土手を活かして」造っていると、公園課の人が言っていました。

発掘調査報告書というものはありがたいです。

ピンポイントで野馬土手の場所がわかります。

そのコピーを手に、お散歩。

 

ビニールハウスとその手前の塀の間に野馬土手があったということですが、

痕跡は無いです。

篠籠田の野馬土手。

年々土手が削れて行っています。

 

梅林の向こうが、かやの町。

 

野馬土手があるのは、他人様の土地。

周辺の駐車場から堀が見えます。

他人の敷地をのぞきながらうろうろする不審者、野馬土手子。

 

そんな土手子に僥倖が。

中から人が。

野菜を買えると看板があるので、くださいと言いつつ、野馬土手の話へ。

 

「野馬土手なんて、よく知ってろね」

と言いつつ、野馬土手区域に入れてもらえました。

堀に橋がかかっています。

すばらしい土手と堀。

美しいです。

感激で、天にも上るような心地です。

 

 

柏六小と、お屋敷の間の道に向かって東に延びて、南に向きを変える野馬土手。

 

向きを変えたのがこれだと思っていたら、

お屋敷の人も、「盛り上がってるから土手だよね」と。

 

見せてくれてありがとうございました。

おいしそうな野菜、大切にいただきます。

 

発掘調査の図によると、

消防署の右も、かつては野馬土手。

 

その右のガストはもうすぐ閉店

 

スギ薬局の東の土盛りは図の野馬土手と位置が少しずれています。土手の土を寄せたのかな。

 

野馬土手跡の道と思っていたこの道。

右側に野馬土手があったと図に。

 

野馬土手が豊富だった柏市。

まだ、残っています。

 

 

 

 

 

石垣島で人々は、Tシャツ一枚で外を歩いていました。

そんな島から帰った翌日の千葉は雪。

 

雪の日はあまり散歩をしませんが、選挙なので投票しに行きました。

 

柏市のバス停、三間のそばにある、

うなぎ道(手賀沼発)の木戸跡の土手に雪。

 

 

 

 

美しくて、うっとり。

 

 

 

 

ちょっと解けてますが、雪の木戸跡、

素敵でした。

石垣島に着いた日、千葉ロッテの練習はお休みだったので、バンナ公園に行くことに。

 

タクシーの運転手さんが連れて行ってくれたのは、展望台。

エメラルドの海が見えるという。

 

そこから、徒歩で下りました。

すると、

 

 

自然生態園。

 

修景池。

すばらしい自然に感激。

地図には出ていないので、また行けるかはわかりません。

登録したくても、どの辺りか、謎。

 

カンムリワシにも会えました。

 

土手好き、堀好きにはたまらないバンナ公園。

下りて見つけたのは、石碑の森。

そこで、八重山戦争マラリア犠牲者慰霊之碑、に出会いました。

戦争で強制避難させられた住民がマラリアで亡くなったことは知っていましたが、

バンナ公園がその地だったとは。

 

神秘かつ悲劇のバンナ公園。

3647名が命を落としたという、八重山戦争マラリア。

 

次にバンナ公園に行くときは、心して、祈ります。

 

 

今年も、千葉ロッテがキャンプをしている石垣島へ。

そこから離島へ向かうのが常なのですが、初めて与那国島へ行きました。

日本最西端。

 

「仮面ライダーアギト」の敵、アンノウンの発祥の地、比川浜。

Dr.コトーもいた場所です。

 

海底遺跡を、半潜水型観光船で見たのですが、意識もうろう。

 

そんな中、テキサスゲートへ。

島には4か所のテキサスゲートがあり、野生で暮らす馬と住み分けているのだそう。

その一つの東埼テキサスゲート。

道にスノコみたいな溝が作られ、馬の通行を妨げています。

自転車が溝にはまって、けがをする人もいるとか。

道から逸れた場所はどうやって馬を止めるのか。

やはり。

土手ではなく石垣ですが、ありました。

大喜びして、少し意識が回復。

馬の糞は豊富ですが、野馬の姿はなく。

 

日本最大の蛾の展示を見たり、

飼い馬を遠くから見たりして、

与那国島を後にしました。

 

おみやげいっぱい。

 

また行きたい与那国島です。

馬に会いに。

 

 

「野馬土手は泣いている」には田中北小学校の南東、とか西とだけ書かれていた野馬土手。

流山市研究第7号に、地図が出ていたので、それを頼りにまた、行ってみました。

 

今の田中北小学校は常磐自動車道の南ですが、2023年移転する前は北。

 

「野馬土手は泣いている」は2001年、

流山市研究第7号は、さらに古い1900年発行。

名残はまだあるのか。

 

かつてあった野馬土手の場所も出ているので、

やはりここは土手のあった場所だ。

うんうん。そうだよね。土手跡。

 

この堀沿いにもあった。

土手跡沿いの道。

これだって。地図ばんざい。

 

地図には無かった、旧田中北小の南東の土手。

 

野馬土手に見えるけど。

 

そして地図にあった個人宅にも行きましたが、

 

うーん。違うなぁ。

 

回覧を持って歩いている人に聞くと、

この辺に土手は無い、と。

 

木戸跡に行って帰ることに。

二本の道に挟まれた緑地帯、土手跡かなと思ったけれどやはり。

地図のころは土手が残っていたそうです。

 

 

木戸跡の交差点。

100mほど南に船戸木戸というバス停。

はっきりした牧跡の名残はここだけか。

 

バス通りは県道7号線。

地図にあった、さらに南の土手は発見できず、帰途に。

 

迷っていたら、正連寺の野馬土手に到着。

土手の切れ目から駐車場に行く人々を見てびっくり。

新たな境遇、新たな時代を生きる野馬土手でした。