ビエンチャンから、タイ東北部のウドンタニと言う都市でバスを乗り継ぎ、
翌日早朝、バンコクに帰って来た。
朝からバンコクは酷暑だった。
痛いほど太陽が突き刺さる。
バスを降りると、無数のバイクタクシー運転手が群がってくる。
バイクタクシーは公共交通機関より圧倒的に高いので、
そのみんなを無視、またはNOの一言で突破する。
これはヨーロッパ以外のどの国でもよくあることだ。
バイタクの群から離れたところで警備員に地下鉄駅はどこか尋ねた。
すると、バイタクの人を呼んでこれで行けと言う。
ターミナル構内はみんなグルに思えたので、足早に構内を離れる。
1時間以上は炎天下を彷徨った。
いろんな人に聞きながら駅を探したが一向に見つからず、
遂に辿り着いた駅はさびれた廃駅のような所。
係員らしき人に聞けばやはりこれは駅では無い。
その人に、どうすれば安宿街であるカオサンまで行けるのかと聞けば、
近くの市内バス乗り場からのバス1本で行けるらしい。
初めからカオサン行きで聞き回れば話しは早かったのに。
そして、カオサンロードに帰って来た。
タイに来て初めてここに来た時、謎の衝撃を受けた。
ここは一体どこだろう?
大通りから一本入っただけで、見渡す限り欧米人なのである。
オープンバーが通りにせり出し、昼間から乾杯。
夜になれば通りを支配するのは大音量のハウスミュージック。
道の両脇を埋め尽くす土産屋。
マッサージ店の外に並べられた50台ほどのリクライニングチェア。
客は並んでビールを飲みながらマッサージを受けている。
凄まじい光景である。
そして屋台の多いこと。
50歩以内に必ず屋台が見つかる。
そして安い。
通りをさらに一本入るだけでもっと安い。
日本円で100円もあれば空腹を満たせる。
外国人にとってここはパラダイスだ。
雪で手がかじかむヨーロッパからの旅行者は、
ここではビール片手に半裸で通りを練り歩く。
解放地帯。
各々のやり方で、旅を謳歌している。
カレー屋台でフィッシュカレーを注文した。
「それは激辛だけどいいのかい?」と店のおばさん。
「激辛でいいから一皿下さい。」と僕。
確かに激辛だが、その向こう側に複雑な旨味を見つけた。
これは美味しい。
喉が熱く焼けそうだが夢中で頬張った。
完食後の支払いで、おばさんは代金を負けてくれた。
些細だが優しさが嬉しかった。
泊まっていた宿は隣がクラブで、
夕方から朝方4時まで四つ打ちのリズムが止まらない。
振動で壁が揺れ、心臓まで響く重低音。
最初の部屋はさすがにうるさ過ぎて部屋を変えてもらった。
深夜2時、気分転換に外に出ると、
通りはまだまだ活気で溢れていた。
カオサンではむしろ昼間の方が落ち着いているのだ。
世界中から集まってくる旅人は、
ここから色んなところへ散って行くのだ。
僕も旅を続けよう。
次の目的地はホーチミンシティーだ。
屋外マッサージ
カレー屋台
ぶっかけご飯(ラーッカオ)
パッタイ
2/1
タイ、ラオスの国境であるメコン川を小さなボートで渡り、
フエサイと言う町からラオスに入国した。
その町からは次の目的地まで、
ボートで一泊二日の川下りをする。
ラオスというのは時間が止まるほどのどかな国だと聞いていたが、
100人以上のれるボートは外国人観光客で超満員。
穏やかなメコン川の岸をぼーっとのんびり眺めながらの
船旅を想像していたが、テクノやヒップホップを大音量で鳴らし、
船上で大パーティーを繰り広げる欧米人に囲まれての旅となった。
岸辺に見える寺院や小さな村の景色とは、
素晴らしい程のミスマッチだ。
子供達が川で遊んでいる。
ボートが近づけば笑顔で手を振ってくる。
川に網を投げ、漁をする人が見える。
洗濯をする母親がいたり、
ただただ川を眺めている人がいたり。
世界がどう変わろうが、関係のない生活がある。
次の目的地は世界遺産の古都、ルアンパバーン。
船を降りて、今夜の寝床を探して町を右往左往するが、
そこで見たのは、古都ではなくリゾート空間だった。
外国人向けのロッジやレストランが立ち並ぶ。
すれ違うのはほとんどが欧米人だ。
世界遺産に登録されることで、残されるべき景色が壊される。
ならばそれは本来の意義とは全く逆じゃないだろうか。
ルアンパバーンで2泊の後、バスで10時間、
首都ビエンチャンへ。
とんでもない悪路を跳ねながら走行。
峠を一つ越え、二つ越え、小さな村をいくつも越え、
朝出発したバスはもう夕陽を背に走っている。
辺りは暗くなり、家々にも電球が灯る。
家はみんな空きっぱなしなので、
生活の様子がバスからも見える。
床に布を広げて食事が始まる。
家の外でビール片手に団欒する親父たち。
大人が4人集まってトランプを始める。
子ども達は真っ暗なのにまだ外で走り回っている。
そういった普通の日常から離れて、
旅を始めてから5ヶ月。
ラオスの生活を見ていると、そんな日常に戻るのも悪くないなと思う。
バスはついにビエンチャンに到着。
バスターミナル付近、笑えるほど何もなくて暗い。
こんな首都は初めて見た。
大通りはそれなりに人も車も往来があるが、
一本それただけで群馬県の田舎ほど暗い。
そして、ラオスをより好きになってしまった。
ビエンチャン2日目、身体中がかゆい。
南京虫にやられた。
両脚、両腕、首や背中、
湿疹だらけで真っ赤だ。
よく見ると全部に彼の歯型が残っている。
どうやらゲストハウスのベッドに潜んでいたようだ。
南京虫に選ばれてしまった。
当分の間、かゆくなるのでビールが飲めなかった。
その日、郊外にある村に寝仏を見に行った。
これもまた酷い悪路を行く。
僕らの乗った年代物の乗り合いワゴンは、
文字どうり飛んだり跳ねたり。
未舗装の道路をほこりを舞いあげて走る。
寝仏は、穏やかな顔をしていた。
軽く笑ってもいるような、親しみのある顔。
これがラオスの顔か。
そして、再びメコン川を、
今度は国境に架けられた友好橋を渡り、
タイに再入国。
目指すはバンコク。
またあの喧噪の中に帰ろう。
トゥクトゥク(軽トラ改造taxi)
川辺の子供
スローボート
ルアンパバーンの街角
レトロなバス
ビエンチャン郊外
寝仏
ラオスの時間
タイ、ラオスの国境であるメコン川を小さなボートで渡り、
フエサイと言う町からラオスに入国した。
その町からは次の目的地まで、
ボートで一泊二日の川下りをする。
ラオスというのは時間が止まるほどのどかな国だと聞いていたが、
100人以上のれるボートは外国人観光客で超満員。
穏やかなメコン川の岸をぼーっとのんびり眺めながらの
船旅を想像していたが、テクノやヒップホップを大音量で鳴らし、
船上で大パーティーを繰り広げる欧米人に囲まれての旅となった。
岸辺に見える寺院や小さな村の景色とは、
素晴らしい程のミスマッチだ。
子供達が川で遊んでいる。
ボートが近づけば笑顔で手を振ってくる。
川に網を投げ、漁をする人が見える。
洗濯をする母親がいたり、
ただただ川を眺めている人がいたり。
世界がどう変わろうが、関係のない生活がある。
次の目的地は世界遺産の古都、ルアンパバーン。
船を降りて、今夜の寝床を探して町を右往左往するが、
そこで見たのは、古都ではなくリゾート空間だった。
外国人向けのロッジやレストランが立ち並ぶ。
すれ違うのはほとんどが欧米人だ。
世界遺産に登録されることで、残されるべき景色が壊される。
ならばそれは本来の意義とは全く逆じゃないだろうか。
ルアンパバーンで2泊の後、バスで10時間、
首都ビエンチャンへ。
とんでもない悪路を跳ねながら走行。
峠を一つ越え、二つ越え、小さな村をいくつも越え、
朝出発したバスはもう夕陽を背に走っている。
辺りは暗くなり、家々にも電球が灯る。
家はみんな空きっぱなしなので、
生活の様子がバスからも見える。
床に布を広げて食事が始まる。
家の外でビール片手に団欒する親父たち。
大人が4人集まってトランプを始める。
子ども達は真っ暗なのにまだ外で走り回っている。
そういった普通の日常から離れて、
旅を始めてから5ヶ月。
ラオスの生活を見ていると、そんな日常に戻るのも悪くないなと思う。
バスはついにビエンチャンに到着。
バスターミナル付近、笑えるほど何もなくて暗い。
こんな首都は初めて見た。
大通りはそれなりに人も車も往来があるが、
一本それただけで群馬県の田舎ほど暗い。
そして、ラオスをより好きになってしまった。
ビエンチャン2日目、身体中がかゆい。
南京虫にやられた。
両脚、両腕、首や背中、
湿疹だらけで真っ赤だ。
よく見ると全部に彼の歯型が残っている。
どうやらゲストハウスのベッドに潜んでいたようだ。
南京虫に選ばれてしまった。
当分の間、かゆくなるのでビールが飲めなかった。
その日、郊外にある村に寝仏を見に行った。
これもまた酷い悪路を行く。
僕らの乗った年代物の乗り合いワゴンは、
文字どうり飛んだり跳ねたり。
未舗装の道路をほこりを舞いあげて走る。
寝仏は、穏やかな顔をしていた。
軽く笑ってもいるような、親しみのある顔。
これがラオスの顔か。
そして、再びメコン川を、
今度は国境に架けられた友好橋を渡り、
タイに再入国。
目指すはバンコク。
またあの喧噪の中に帰ろう。
トゥクトゥク(軽トラ改造taxi)
川辺の子供
スローボート
ルアンパバーンの街角
レトロなバス
ビエンチャン郊外
寝仏
ラオスの時間
1/31
タイ北部の街、チェンマイには4泊することになった。
チェンマイは街の四方を堀で囲まれ、
碁盤の目のように道が敷かれた古い雰囲気を残す街だ。
毎週日曜日になると、大通りを車輌通行止めにして、
大規模なナイトマーケットが開かれる。
大勢のタイ人と外国人旅行者でごった返す。
商売人は道の両側に所狭しと商品を並べ、
広場は沢山の屋台で埋め尽くされ、
お祭り騒ぎは深夜まで続く。
チェンマイ近郊の山あいには、
少数民族も村を形成して生活している。
日本でも有名な首長族も住んでいる。
首長族の村なるものを訪れたが、
これには閉口した。
まず、村の入り口から土産屋台が連なり、
首の長い人達が手招きで営業する。
そしてその先には何と、
首長族の顔だけくり抜かれた等身大パネルまである。
観光地によくあるあれだ。
村というよりむしろテーマパークだった。
その先にはまた土産屋が列を成し、
小さな女の子たちが店番をしている。
完全に見せ物となってしまっている部族に、
少し悲しくなってしまった。
現金収入が必要なこの社会で部族が生きるには、
ここまでしなければならないのか。
山奥でひっそりと暮らす首長の部族ももちろんいるはずだ。
けれども僕が見てしまった光景もまた現実だろう。
そしてチェンマイからバスで7時間、
ラオスとの国境の町、チェンコン。
メコン川の向こうはもうラオスだ。
首長族の女の子
チェンコンの町
国境への大通り
メコン川と向こう岸のラオス
タイ北部の街、チェンマイには4泊することになった。
チェンマイは街の四方を堀で囲まれ、
碁盤の目のように道が敷かれた古い雰囲気を残す街だ。
毎週日曜日になると、大通りを車輌通行止めにして、
大規模なナイトマーケットが開かれる。
大勢のタイ人と外国人旅行者でごった返す。
商売人は道の両側に所狭しと商品を並べ、
広場は沢山の屋台で埋め尽くされ、
お祭り騒ぎは深夜まで続く。
チェンマイ近郊の山あいには、
少数民族も村を形成して生活している。
日本でも有名な首長族も住んでいる。
首長族の村なるものを訪れたが、
これには閉口した。
まず、村の入り口から土産屋台が連なり、
首の長い人達が手招きで営業する。
そしてその先には何と、
首長族の顔だけくり抜かれた等身大パネルまである。
観光地によくあるあれだ。
村というよりむしろテーマパークだった。
その先にはまた土産屋が列を成し、
小さな女の子たちが店番をしている。
完全に見せ物となってしまっている部族に、
少し悲しくなってしまった。
現金収入が必要なこの社会で部族が生きるには、
ここまでしなければならないのか。
山奥でひっそりと暮らす首長の部族ももちろんいるはずだ。
けれども僕が見てしまった光景もまた現実だろう。
そしてチェンマイからバスで7時間、
ラオスとの国境の町、チェンコン。
メコン川の向こうはもうラオスだ。
首長族の女の子
チェンコンの町
国境への大通り
メコン川と向こう岸のラオス















