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ノマドの森から - from the Nomadic Woods -

移動を続けるノマドの森から届く不定期郵便

ホーチミンシティーから夜行バスで9時間、
海沿いの街、ニャチャン。
長く広がるビーチは欧米人観光客でいっぱいだった。
ここは完全なリゾート地だ。
広い道路と海沿いに立ち並ぶヤシの木。
これもまたベトナムなのだ。
ベトナムは地方でも観光地化が激しいようで、
ホテルや両替屋、旅行代理店、観光客向けのレストランが所狭しと乱立し、
外国人がやってきても何ひとつ不自由がない。

ニャチャンではバイクを借りて隣町の小さな漁村へ行った。
ここはその観光地とは正反対、誰一人外国人は見えず、
英語表記は皆無、そして誰も英語は話さない。

コーヒーを求めて人が集まっているカフェらしき所に入った。
だがそこは完全に居酒屋で、若者からおじさんまで昼間から盛り上がっていた。
みんなが珍しがってこっちを見ている。
客の一人に酒を勧められ、少し飲んでみたら度の強い焼酎のような物で、
顔をしかめたらみんなが大笑いしていた。

狭い路上には屋台が並び、
近所の人が集まって団欒している。
何を食べるにも身振り手振りで一苦労だが、
観光地では見れない人々の素顔が溢れていた。

海沿いでは漁師たちが集まって漁網を仕立てている。
風が強く大荒れの海だが、それでも漁師は陸で仕事がある。

子供が走り回って大人はトランプで賭け事してお母さんは集まって井戸端会議して、
各々が楽しむ日常がそこにあった。

ニャチャンからは4時間バスで山の方へ向かい、
バンメトートという高原の中都市からさらに1時間。
ブオンジュンという小さな村を訪れた。
こんな小さな村でも象に乗れることで有名で、
村で1泊している間にも結構な客が訪れていた。

それを除けば湖畔の静かな村だ。
20軒くらい家が有ったと思うが、全てが高床式の長屋で、
僕らが泊まったのもその住居の半分を間借りした感じだ。

日中は日光が強すぎて痛い。
湖畔のカフェでのんびりする。
象が湖に入って行く。
彼らの家は湖の向こう側のようだ。

象は一体、毎日何を考えているのだろう。

炎天下を歩かされ、
自分勝手な事をすると象使いに叩かれる。

それでも動物園の檻の中よりはましだろう。

象には象らしく生きてもらいたい。

そして、ベトナムはベトナムらしくあって欲しい。
それはベトナムに住まない者の他人事だろうが、
本来の日本らしさなんてとうの昔に捨ててきてしまった国からきた僕はそう思った。

さて、一度ホーチミンシティーに戻り、
次はカンボジアに突入だ。


さよなら、ベトナム。

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海辺で網直し

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高床式長屋

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村の女の子

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象と象使い



ベトナム中南部の都市や村を転々とバスやバイクで周遊した後、
またホーチミンシティーに舞い戻った。

まずはメコンデルタの中心地、カントーという都市。
ホーチミンからローカルバスで4時間、きつい日差しの下を南へ。
目的地へ一直線の観光バスとは違い、ローカルバスの場合、
道すがら荷物を抱えて立っている乗客を拾いながら最終地点へ向かう。

運転手と乗組員がコンビで、乗組員はじっと路肩に目を凝らし、
乗りそうな客を見つければバスから飛び降りて走り寄る。
そして強引に客の荷物を掴んでバスに乗せようとするのだ。
乗りたくない人との小競り合いも何度も見かけた。
乗客数で取り分が変わるのだろう、なかなか激しい攻防だ。

目的地に到着すると、今度はバイクタクシーの客引きが、
10人くらいバスに向かって走ってくる。
そしてバスを降りるなり、
「モーターバイク?モーターバイク?」の連呼。
全く乗る気もないのに次から次へと押し寄せる客引き。
続いてタクシーの客引き、サングラスやタバコなどの物売り、
バスターミナルの中は炎上する戦場だ。
全く休まる暇を与えてはくれない。
ベトナムでの移動には気が滅入る。

そんな喧騒を脇に、カントー川は悠々と流れる。
チベットから脈々と流れるメコン川の最終地点、
その流れは海に流れ着く手前で無数の支流に別れ、
巨大なデルタ(三角州)を形成する。
カントー川はその幾つもの支流の一つだ。

明け方になると、まだ薄暗いうちからその川で水上マーケットが開かれる。
午前5時過ぎ、まだ真っ暗な中ホテルを出発し、
小舟をチャーターしてマーケットを見物しようと船着場まで歩く。
旅行会社にマージンを取られるのが嫌で直接船頭さんと交渉しようと思った。
ところが、船着場に着くと、舟の手前で船着場を仕切るおばさんが立ちはだかる。
「舟に乗りたいか?水上マーケットに行きたいか?」
掴んでくる手を振りほどいて舟に向かうと、
まだまだしつこく追ってくる。
何とか船頭さんの所までは辿り着いたが、
結局その人がずっと脇にいて、その仕切り屋と交渉するしかなかった。
3時間のチャーターで、二人で200,000ドン(800円)支払ったが、
一体そのうちのどれだけが実際に舟を操縦する船頭さんに渡るのだろう?

舟でカントー川を1時間、途中川沿いにせり出した民家が何軒も見える。
途中、川に浮かぶガソリンスタンドで給油。
川の上でも彼らにとっては生活の路なのだ。
薄暗い景色も徐々に明るくなり、水上の舟もかなり数が増えた。
舟に積んだ品物の数々。
パイナップル船には大量のパイナップル。
スイカ船には大量のスイカ。
野菜も種類が豊富で、小舟が沈まんばかりに大量に積まれている。
買う方も小舟で来て、大量に買い付けて帰って行く。
水上屋台でフォーなども売っている。
日用品も揃っている。

川と共に生きるデルタの生活。
朝起きて川で歯を磨き、
川で洗濯、炊事。

それはインドのガンジス川で見た光景にも似ているが、
川沿いに家が寄り添う様が、神聖というよりはとてもフレンドリーに見えた。

カントーで2泊した後、同じバスに揺られて一度ホーチミンシティーに戻る。

ホーチミンでは市内で働く日本の友人に合うことが出来た。
4年も前にホーチミンで会いましょうと約束したきり、
まだホーチミンで働いているかも知らず、
その可能性に掛けて連絡してみたが、
連絡したその日に会って夕食をご馳走してくれた。

彼はその夜の飛行機で日本に一時帰国すると言うのに、
その直前の数時間をさいてくれて、とても嬉しかった。
彼にとってのホーチミンシティーは職場であり彼が生きている街だということが、
単なる無責任な放浪者である僕にとって羨ましくも見えた。


そしてホーチミンを離れ、ベトナムの旅は中部の町へと続く。

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メコンデルタの朝日

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ガソリンスタンド

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水辺の暮らし

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パイナップル船

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キャベツ船

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海老のココナッツ煮
車よりもバイクの数が圧倒的に多いのが、
ここベトナム、ホーチミンシティー。

元々はサイゴンと言う都市だったのだが、
ベトナム戦争終結時、北ベトナム軍は南ベトナムの首都であったサイゴンを占領し、
サイゴンの名は北ベトナムの初代国家主席、ホーチミンの名に変えられた。

空港を出てすぐ、市内行きのバスに乗り込み、
安宿の集まるファングラーオ通りを目指す。
料金は5000ドン。高いように感じるが、日本円で20円だ。
これでも運転手にボラれている。
後で同じバスに乗った時には4000ドンだったので、
1000ドンは運転手のふところに入ったに違いない。
どうやらベトナム人は金額の大小に関係なく、
外国人からお金をかすめ取るのが趣味らしい。

多くの国で商売人は外国人には値段をつり上げてくるのだが、
その金額ではなく頻度ではベトナムがダントツ一位だ。
街角のジュース屋が、パン屋が、屋台食堂が、
すました顔で、値段を少しだけ上げてくる。
それを毎回値切るのは、中々骨の折れる作業だ。

ホーチミンでの道の横断はスリルがある。
縦横無尽に走りくるバイクの中目掛けて歩いて行く。
そうすると不思議とバイクの方がよけてくれるから面白い。

元々はフランスの植民地だった為、文化も混在している。
フランスパンに醤油味の肉とパクチー等を挟んだ奇妙なサンドイッチ。
ここは一体何処だろうかと思う複雑な風味と食感。
コーヒーは極度に甘く、さらにコンデンスミルクを入れる。
これはもうフランスの影響と言えるレベルを越えた代物だ。

料理も文化も、慣れてからが面白いベトナムの不思議な魅力。
ベトナムコーヒーをうまいと思ってしまった僕は、
小さく開いたベトナムの入口に、スローモーションで滑り込んで行く。

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バイクの群れ

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ベトナムコーヒー

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オムレツとフランスパン