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ハジャイからタイ深南部、マレーシアとの国境の町スンガイコロクまで、
鈍行4時間の鉄道での旅となった。
タイの列車には初めて乗るので、
期待に胸膨らませながら、バックパックを背負い、宿を後にした。
朝8時出発の電車はもちろん8時には出発しない。
タイでは殆どの列車が遅れるようだ。
わかり切っていたことなので、特に不安もなく、
ただただ電車を待った。
9時くらいに電車が来た。
近くで同じように電車待ちだった女性に自分のチケットを見せ、
「この電車で合っているよね?」
と一応再確認したところ、隣の男性と話して、
間違いないということを確認し、電車に飛び乗る。
ところが、乗った車両からどんどん人がいなくなり、
僕一人だけになってしまう。
どうもおかしいと思っていたら、前の方から欧米人バックパッカーが、
すごい勢いで後方の車両に走って行く。
これはまずいと思って僕も電車を降り、
後方の車両に移った。
どうやら前の何車両かは切り離され、
後方車両のみでの運行だったらしい。
慌てて飛び乗った車両は超満員。
迷彩服のタイ軍人に囲まれていた。
座る席は無く、これで4時間かと思うと気が滅入った。
一応その軍人の一人にチケットを見せ、
本当に合っているのか再々確認。
インドでの経験上、一人が合っていると言っても、
複数人に確認しなければ本当のことは分からない。
案の定、やっぱり間違えていた。
最初から乗った電車が違うのだ。
この電車は、僕が乗るべき電車より先に出発するはずの急行列車だった。
「お前の電車は向こうだ!」
と指さされる方向をみると、また違う電車が到着している。
僕と欧米人バックパッカーの二人は再度慌てて電車を乗り換える。
乗り換えたところで乗客に再度確認。
駅員は見当たらないので乗客に確認するしかない。
間違いない、ということで、
もうこの電車に決めた。
その電車はすぐに出発。
方向は合っているし大丈夫だろう。
それにしても、先発のはずの急行より何故この鈍行が先に出るのかは謎である。
スンガイコロクまでの道のりは異国中の異国だった。
ここはタイでは無いと何度も思った。
乗り込んで来る殆どの乗客はイスラム教徒。
女性は頭までスカーフを被り、
男性は長い髭に白装束。
仏教国のタイだが、ここはまるで違う。
ジャングルのような森の中を通り、
停車駅ごとに小さな村が広がる。
原付に乗った村人が未舗装路を砂埃を撒き散らして走っている。
電車にエアコンは無く、車内にも砂埃が舞う。
物売りが引っ切り無しに車内を往復する。
パパイヤサラダ、果物、焼き鳥、ビニール袋に氷を入れたジュース。
同じ人が何度も往復している。
軍人がライフルを持って往復する。
後でニュースで見たのだが、
数日前にこの地域でタイ軍基地が地元イスラム住民に襲われて、
銃撃戦になって死者も出ている。
長い間、この地域ではタイ政府とイスラム住民の間で衝突しあっているらしい。
旅行者がここを通りすぎるだけでもすぐに分かる。
ここはタイでは無い。
少なくとも想像しているタイらしさはまるで無い。
複雑な歴史があってタイに編入されているのだが、
地元では独立意識が強いようだ。
日本にいると殆ど実感が湧かないが、
世界中で宗教による紛争が続いている。
僕ら部外者がどうこう言える立場に無い、
深いところで争いあっている。
簡単に戦争反対なんて言えたものでは無いと僕は思う。
スンガイコロクの駅に到着すると、
さらに多い軍人が駅構内を歩き回っている。
駅出入り口も軍人で囲まれている。
なかなか殺伐とした空気の中、
駅を出てマレーシア国境を目指す。
歩いて15分、遂にマレーシア国境。
簡単な出入国手続きを済ませ、
急な大雨に打たれながら、細い川に掛けられた橋を渡り、マレーシアヘ。
いつでも国境ではノスタルジーな気分になる。
また違った世界へ、一歩足を踏み入れる。
マレーシア国境
タイ南部の街、ハジャイ。
バンコクから南へバスで13時間。
ここまで来ると、人種も言語も入り混じってくる。
街を見渡すだけで言語の渦。
タイ語、アラビア文字のマレー語、漢字の中国語。
インド人らしき人も歩いているし、
イスラムのスカーフを被ったマレー人も歩いている。
タイ料理を探すのが難しいくらいに中華料理屋、マレー料理屋が街中に沢山ある。
バンコクのような都会的な雰囲気は無く、
軽トラを改造した古い乗り合いタクシーが往来している。
バンコクやチェンマイのようにいかにもな観光色は薄く、
どちらかというと地方都市の色合いが強い。
僕が泊まっているのは日本円で500円程度の安宿だ。
到着が朝だったので最初は個人部屋に空きが無く、250円のドミトリーにチェックインしたが、
その日の午後、ベッドの上で一匹、南京虫を発見してしまった。
しかも潰すとすでに血を吸われているではないか。
ラオスで南京虫に全身を噛まれた苦い経験があった為、
現物の虫をフロントに持って行き、部屋を変えてもらった。
今の部屋には3泊しているが、南京虫はいないようだ。
部屋にエアコンは無く、扇風機を回していないと暑くていられない。
おまけに扇風機は調整部が壊れていて、強風の設定以外に変えられない。
おかげでこの部屋は常に暴風域だ。
街を歩くのは面白い。
言ってしまえば観光名所も何もないような街だが、
屋台も多文化で巨大なエビの唐揚げから餃子、カレーなどよりどりみどり。
味付けも辛いものから甘いものまで。
食文化の交差点では食に飽きることは無い。
宿の前で、シンガポールから自転車でバンコクを目指す日本人に出会った。
旅人に話題は尽きない。
自分の知らない世界を通って来ているから、聞きたいことは沢山ある。
一瞬すれ違うだけの人でも出会いは大切にしたい。
そして僕はこれからマレーシアを目指す。
国境の向こう側は未知で満ち溢れている。
軽トラ乗り合いタクシー
中華系寺院
唐揚げ屋台
合掌するドナルド
バンコクから南へバスで13時間。
ここまで来ると、人種も言語も入り混じってくる。
街を見渡すだけで言語の渦。
タイ語、アラビア文字のマレー語、漢字の中国語。
インド人らしき人も歩いているし、
イスラムのスカーフを被ったマレー人も歩いている。
タイ料理を探すのが難しいくらいに中華料理屋、マレー料理屋が街中に沢山ある。
バンコクのような都会的な雰囲気は無く、
軽トラを改造した古い乗り合いタクシーが往来している。
バンコクやチェンマイのようにいかにもな観光色は薄く、
どちらかというと地方都市の色合いが強い。
僕が泊まっているのは日本円で500円程度の安宿だ。
到着が朝だったので最初は個人部屋に空きが無く、250円のドミトリーにチェックインしたが、
その日の午後、ベッドの上で一匹、南京虫を発見してしまった。
しかも潰すとすでに血を吸われているではないか。
ラオスで南京虫に全身を噛まれた苦い経験があった為、
現物の虫をフロントに持って行き、部屋を変えてもらった。
今の部屋には3泊しているが、南京虫はいないようだ。
部屋にエアコンは無く、扇風機を回していないと暑くていられない。
おまけに扇風機は調整部が壊れていて、強風の設定以外に変えられない。
おかげでこの部屋は常に暴風域だ。
街を歩くのは面白い。
言ってしまえば観光名所も何もないような街だが、
屋台も多文化で巨大なエビの唐揚げから餃子、カレーなどよりどりみどり。
味付けも辛いものから甘いものまで。
食文化の交差点では食に飽きることは無い。
宿の前で、シンガポールから自転車でバンコクを目指す日本人に出会った。
旅人に話題は尽きない。
自分の知らない世界を通って来ているから、聞きたいことは沢山ある。
一瞬すれ違うだけの人でも出会いは大切にしたい。
そして僕はこれからマレーシアを目指す。
国境の向こう側は未知で満ち溢れている。
軽トラ乗り合いタクシー
中華系寺院
唐揚げ屋台
合掌するドナルド
バンコクは、洗練された都会の雰囲気をも感じる街だ。
一人で街を歩いていると、東京を歩いていると錯覚することもあった。
がやがやと騒々しい喧噪の中にも、
みんなどことなく華やかな都会を楽しんでいる感がある。
そして混雑の中にも都会特有の淋しさを含んでいる。
昼間から酔っ払った浮浪者が歩行者に絡んだりもしている。
一人一人の物語が交差して、大都会を形成している。
夜はJAZZを聴きにBARに行ったりもした。
バンコクの若者達が、ちょっとお洒落をして集まっていた。
ただ音楽を聞きに来ているだけでなく、
どちらかと言えば雰囲気を楽しみに来ている感が強かった。
BLUESのBARに入れば、長髪に髭をしっかり蓄えたギタリストが、
夜の隙間に入り込んでBLUESしていた。
カオサンロードに戻れば、そこはまた異世界だ。
すれ違う人の9割が外国人旅行者。
通りを支配する大音量のハウスビート。
旅行者の間をぬうように各種屋台が右往左往する。
屋台はタピオカジュースから昆虫の佃煮まで様々だ。
おもちゃ箱をひっくり返した様なお祭り騒ぎ、
深夜を越えてもなお全く収まらない。
日曜日になると大きな公園に所狭しと店が立ち並び、
ウィークエンドマーケットが開催される。
これの規模がまた尋常では無い。
正確には分からないが200店舗以上、いやもっとあるんじゃないか。
実際には検討がつかない。
そこには日本人がバンコクで始めたブランドのお店があると聞いたので行こうと思ったのだが、
昼から探し始めてその店が見つかったのは4時過ぎだった。
それくらい広い。
そして昔からの習慣が今だに残っている所もある。
道にずらりと並ぶ屋台もそうだが、
バンコクを流れる幾つもの川には、
ボートが行ったり来たりしている。
決して観光用ではなく、あくまでも市民の足だ。
停留所には岸壁に思い切りボートを打ち付けて止める。
岸とボートはしっかり固定せず、
投げられたロープをたぐってボートを岸に寄せ、
10秒程度で乗降を済ませ、再出発。
スピードも出るしかなり揺れるし、なにせ勢いがある。
バンコクの面白さは、そんな新旧の入り混じりと、
街全体から溢れ出すエネルギーだと思う。
バンコクには今日で8日目。
そろそろまた足を進めてみようと思う。
離れようとすると妙に淋しくなるこの街を思い切って離れ、
もっと南へ向かってみよう。
船着場
ロングボート
夜の寺院
一人で街を歩いていると、東京を歩いていると錯覚することもあった。
がやがやと騒々しい喧噪の中にも、
みんなどことなく華やかな都会を楽しんでいる感がある。
そして混雑の中にも都会特有の淋しさを含んでいる。
昼間から酔っ払った浮浪者が歩行者に絡んだりもしている。
一人一人の物語が交差して、大都会を形成している。
夜はJAZZを聴きにBARに行ったりもした。
バンコクの若者達が、ちょっとお洒落をして集まっていた。
ただ音楽を聞きに来ているだけでなく、
どちらかと言えば雰囲気を楽しみに来ている感が強かった。
BLUESのBARに入れば、長髪に髭をしっかり蓄えたギタリストが、
夜の隙間に入り込んでBLUESしていた。
カオサンロードに戻れば、そこはまた異世界だ。
すれ違う人の9割が外国人旅行者。
通りを支配する大音量のハウスビート。
旅行者の間をぬうように各種屋台が右往左往する。
屋台はタピオカジュースから昆虫の佃煮まで様々だ。
おもちゃ箱をひっくり返した様なお祭り騒ぎ、
深夜を越えてもなお全く収まらない。
日曜日になると大きな公園に所狭しと店が立ち並び、
ウィークエンドマーケットが開催される。
これの規模がまた尋常では無い。
正確には分からないが200店舗以上、いやもっとあるんじゃないか。
実際には検討がつかない。
そこには日本人がバンコクで始めたブランドのお店があると聞いたので行こうと思ったのだが、
昼から探し始めてその店が見つかったのは4時過ぎだった。
それくらい広い。
そして昔からの習慣が今だに残っている所もある。
道にずらりと並ぶ屋台もそうだが、
バンコクを流れる幾つもの川には、
ボートが行ったり来たりしている。
決して観光用ではなく、あくまでも市民の足だ。
停留所には岸壁に思い切りボートを打ち付けて止める。
岸とボートはしっかり固定せず、
投げられたロープをたぐってボートを岸に寄せ、
10秒程度で乗降を済ませ、再出発。
スピードも出るしかなり揺れるし、なにせ勢いがある。
バンコクの面白さは、そんな新旧の入り混じりと、
街全体から溢れ出すエネルギーだと思う。
バンコクには今日で8日目。
そろそろまた足を進めてみようと思う。
離れようとすると妙に淋しくなるこの街を思い切って離れ、
もっと南へ向かってみよう。
船着場
ロングボート
夜の寺院







