〈一体この先どうなるんだろう? 仮りに犯罪者扱いされなかったところで、コード・ナンバーを割り振られ、コンピューターに管理されて一生を送るというところか?
フリースタイルスキー選手権で優勝してりゃ、副賞の世界一周航空券で今頃は優雅な旅を楽しんでるハズなのに、とんだ旅になっちまったもんだ。
それにしても、まったく訳がわからねえや……〉
逮捕された時よりは幾分大きなカプセル牢でボヤいていると、何かがドサリと彼の体の上に落ちてきた。
体を起こして見ると、何とも異様な風体の老人が目をパチクリさせて転がっていた。
どうやらインドの行者のように見える。
〈はてさて面妖な……人が突然湧いてくるとは。でも、ひょっとすると、オレと同類かもしれないぞ……〉
さいわい、彼はスキーの能力開発のためにヒマラヤの山奥でヨガの行者に入門したことがあった。
試みに、その時に憶えた片言のヒンズー語で話しかけてみたら、何とか通じるようである。
ただ、老人はかなり昔の人らしく、「○○でござる」みたいな調子でしゃべるのには少々参った。
老人はやはりヨガの行者で、新しいヨガのポーズを考案していたところ、急に体がはじかれたようになって、気がついたらここにいたのだという。
!~
彼には少しばかり思い当たることがあったので、老人にその時のポーズをとってもらった。もちろん、また同じことが起きては困るので、完成の一歩手前までである。
老人のポーズを見て、彼の記憶に、フリースタイルスキー選手権でジャンプした時の状況がありありと甦ってきた。
ひとつ目の宙返りの後、体が激しく捻じれて、確かに行者のポーズと同じような形になり、その途端、体がはじかれたような気がした……
「メビウス・ループだ!」(註)
彼は思わず叫んだ。
〈オレも、行者も、体が捻じれて“メビウス・ループ”状になり、何らかのフォースで次元の断層に落ち込んだに違いない……
だから、行者の考え出したポーズをとれば、また次元の断層に落ち込んで、どこか別の時代、別のところへ行けるだろう〉
〈どんなところへ飛び込んで行くかわからないけど、コードナンバーなんてまっぴらだ。とにかく、“メビウス・ポーズ”を取ってみよう〉
彼は行者に訳を説明して、そのポーズのやり方を手ほどきしてもらった。
彼はヨガ入門以來、鍛錬を怠っていなかったので、そのもつれたようなポーズも難なくできた。
あとはその態勢で右手と左足先、左手と右足先を触れ合うだけだ……
その瞬間、彼の体ははじけた……
……
どれほどのブランクがあったのかわからないが、気がついたら彼は高い塔のようなもののてっぺんにいた。
そこからの眺望は、どうやらさらに未来の時代にやってきたことを思わせた。
巨大なぶどうの房のような建物が並び立ち、まるで頭と胴だけのような生物が椅子のようなものに乗っかってスイスイ走っている。
きっと体を使う必要が段々なくなってきて、手足がどんどん退化していったに違いない。
〈やれやれ、こんな未来はごめんこうむりたいものだ。
さてと……さっきは上体を左に捻じって右手と左足先、左手と右足先を触れ合ったんだが、今度は右に捻じってみよう……きっと時間をさかのぼることができるにだろう……〉
彼は再びあの”メビウスのポーズ”をとった。(つづく)
メビウスの帯(Moebius bannd, Moebiusstrip)とも呼ばれるもので、帯状の長方形の一端を180°ひねって他方の端に貼り合わせたもの。ドイツの数学者アウグスト・フェルディナント・メビウスが1865年に発見(同じくドイツの数学者ヨハン・ベネディクト・リスティングも同じ年に発見)したもので、この輪の表面を鉛筆でなぞっていくと、裏面につながった後、再び表面に戻ってくるという不思議な性質を持っている。

鉛筆でなぞった線が表面~裏面~表面につながっているメビウスの輪(左)と普通の輪(右)
また、この線に沿ってハサミで切り裂いていくと、輪は2分されずに大きなひとつの輪になる。この輪は720°ひねられた状態だが、表裏が一体となっていないのでメビウスの輪とはいえなくなっている(下記写真右側)。
そして1/3幅で切断していくと、2周したところで切り終わり,720°ひねられた大きな輪と小さなメビウスの輪がひとつずつ、絡み合った状態で出現する(下記写真左側)
