また毎日少しずつ、天狗様の文字やことばも教わった。
天狗様は地面に棒っきれで絵や文字を書きながら、何度も何度も繰り返し教えてくれたので、佐助は段々天狗様と話ができるようになった。
それで天狗様のことも少しずつわかってきた。
本当は天狗様ではなく、“よはんせん”という名前の、“のるうえい”という異国の人なのであった。
はじめに教えてくれたことばは、通用範囲が広いという“いんぐりっしゅ”であったが、あとからはのるうえいのことばも教えてくれた。
さて、よはんせんが語った身の上話はおよそ次のようなものであった。
日本の沖合を航行中、よはんせんの乗り組んでいた船は大嵐に遭遇して難破した。
気がついたら海岸に打ち上げられており、仲間の姿は見えなかった。
仕方なく、疲れた体に鞭打ち、救いを求めて歩き続けた。
こうしてようやく人里に出たものの、人々はぼろをまとった赤ら顔の大男の姿に恐れおののいた。
なおも近づき助けを乞うたが、恐怖のあまりなのだろう、棒や石をもて追われた。
それで山の中に逃げ込んだが、以来、人目を避けて、夜になると里に降りて食料をくすねては、あちこちさまよい歩いた。
その挙句、人里はるか離れたこの深い谷に住みつくようになったのだ。
身に着けていたのは、一振りの“ないふ”と一冊の“ばいぶる”だけであった。
そのふたつを暮らしと心の支えにして、石で不格好な斧を作り、木を倒し、こつこつと2年間かけて丸太小屋を建てたというのだ。(つづく)